「――――まあ、それは大変でしたね」
と口では言いながらも、後宮内を取り仕切る美女はクスクスと笑っていた。
「…大変だったと思うなら、今度あいつにきちんと説明しておいてくれないか?」
苦虫を噛み潰したような顔をしつつ、ロイは後宮の中へと入る。
「あら、陛下が既に、ご説明をなされたのではないのですか?」
そうでなければ、今宵、ここに来ることは叶わなかったかもしれないのに。
リザは、ふとそう思った。
ロイの部下であり、宰相の一人でもあるジャン・ハボックという男は、見かけに比べて実に古風な観念を持っている男だ。
彼なりに、しっかりとした倫理観を持っているのだろう。
後宮に連れて来られたリザを、一度だけ垣間見たときに一目惚れしたものの、相手は全国王の寵妃ということで、到底手に入れることは叶わぬ高嶺の花だと諦めていた。
しかし全王逝去の後、彼女が寵妃の地位を投げ捨てて、後宮の女官長に就任した時から、状況は変わった。
リザとは、仕事絡みで会う機会が増えた。そして、寵妃でもなくなったために、彼女との間にそびえ立っていた障壁はなくなったと言ってもいい。
故にハボックは、今懸命に彼女に対しアプローチをかけているのだが、リザはそれに対し、曖昧な態度で接している。
彼のことは、好ましく思っている。
結婚を考えてもいい…と思うくらいには。
だが、結婚するとなると、現在の職を辞さなければならない。
国王の後宮を束ねる仕事ゆえに、常にその場所におらねばならず、結婚したら到底続けられるものではないからだ。
だから、躊躇していた。
今の仕事は、とてもやりがいがあるだけに。
他にも、リザに相応しい仕事があれば、それをしてもいいのだが、現在のこの国の状況では、望むべくもない。
未だ、女性に公式な役職を与えることに躊躇っている、この国の制度では。
だから彼女は、後宮にい続けたのだ。
ここには、彼女にとってやりがいのある仕事があるから。
だから、ハボックの想いにも、なかなか応えられずにいた。
しかし、ハボックはというと。
リザの考えを尊重してくれ、決して無理強いはしない。
根本的に、女性に対して優しいのだろう。それに、女性を自分の所有物とは思っていない。一人の、確固たる人格を持った人間だと思ってくれている。そんな彼の考えが好ましく思っているからこそ、リザは驚いていた。
今宵、ロイがこの場にいることに。
彼の寵妃が、年端も行かぬ少女と知った以上、ハボックが激しく怒るのは目に見えただけに、今、ロイがすんなりとこの場にいることが信じられなかったのだ。恐らく、肝心のところは曖昧にぼかして、ハボックの納得のいくように説明したのだろうと思っていたところ。
「……『寵妃にはしたが、指一本触れていない。寝所も別にしてあるし、彼女とはただ会って、話をしているだけだ』と話して、ようやく一応納得してくれたよ」
「でしょうね…」
と、一応彼女はそう言ったが、実のところハボックが、ロイの説明に納得したかどうかは怪しいものだと、内心思っていた。
ロイの、少し前までの女性遍歴を、二人ともよく知っているだけに。
「…納得はしてくれたようだが、念のため、君も会う機会があればあいつにちゃんと言っておいてくれないか?私の話したことは、真実だと」
「―――そうですね」
リザは頷く。
よもやとは思うが、仕える主君の言うことが信じられず、不信感を抱かれてはまずい。相手は、国王の乳兄弟でもあり、またこの国を支える宰相の一人なのだから。
その二人の間の信頼関係が崩れるというのは、この国を治めていく以上避けなければならなかった。
「…明日、会った時に、きちんと話しておきます。陛下が、幼い少女を食い物にするという、極悪非道な真似は決してしていない、と」
「―――ホークアイ…」
一応、彼女なりに主君を立てているのだろう。
彼女の物言いに妙な引っかかりを感じたが、その点については敢えて触れずに、ロイは回廊を歩きつつ、話題を変えた。
「……ところで、そちらの調べは進んでいるのか?」
人が通っていない回廊でも、万一誰かに聞かれていたらまずいので、主語は決して出さない。それでも話の内容がリザには通じていると分かっているからだ。
「……いえ、それはまだ…」
リザも、言葉を濁しつつ答える。
「そうか……」
ロイには、彼女のその答えだけで十分だった。
リザに任せている調査。
それは、今、この後宮内で寵妃として暮らしている、エルリック王国の王女の行方を、攻め込んできたアメストリス帝国が懸命に追っている理由だった。
「いろいろ、探りは入れているのですが…相手もなかなか尻尾を出さなくて…」
「だろうな」
あっさりとロイは返す。
「あの老獪な男が、簡単に理由を曝け出す筈はないさ」
「そうですね…」
「あの男に気取られぬよう、表立った行動はせずに、慎重にことを進めるように。彼女のことは、恐らくまだかの国には知られていないだろうからな。先走って、存在が知れたら大変なことになるかもしれない。…十分、注意するように」
と、ロイが言い終えた丁度その時、後宮の最奥に位置する、国王の寵妃が暮らすエリアの入口に到着した。
「――――御意」
リザはそこで深々と頭を下げ、回廊の脇に移動する。
そこから先は、国王と寵妃が暮らすことの許されているエリアだ。
勿論、彼等に仕える侍女達も入ることは出来るのだが、それはあくまでこのエリアの主人に許された場合のみ。女官長であるリザであっても、ロイかエドワードの許可なくしては、室内に入ることすらも出来ないのだった。
「…ご苦労」
ロイもまた、それを承知の上で、リザに労いの言葉をかけて中へと入ろうとする。
すると。
「―――陛下」
その背中に向かって、静かにリザが呼びかけてきた。
「…今宵も、お話で遅くなりそうでしょうか?」
「かも……しれないな。今日も、これを持ってきていることだし」
と言いながら、携えている『それ』を彼女に示す。
「でしたら、後ほどお夜食を運ばせるように致しましょうか?」
「そうだな…。彼女が、小腹が空くかもしれないから、軽く摘まめるものを頼む」
「承知いたしました」
暫し間を置いての主君の返答に、リザは再度頭を下げると静かにその場から立ち去った。
「…さて、と」
ロイはゆっくりと、美しいタイルで飾られた室内へと足を進める。
そこは、常と変わらず薔薇の芳香に包まれていた。
彼が後宮を訪れ、このエリアに足を踏み入れる時は、決まって侍女達を遠ざけている。
だから、この一帯は、後宮の最奥ということもあって、静寂に満ちていた。
「――――あの子は、またあそこかな?」
と一人呟きながら、ロイは勝手知ったるで奥へと進んでいく。
そうして辿り着いたのは。
重厚な、緻密な彫りが施された木の扉をゆっくりと開け、中へと滑り込む。
そこは、三方に書棚が埋め込まれた、図書室だ。
後宮内でもかなりの広さを持つその場所には、明かりとりの大きな窓が一ヶ所あるだけで、残りの壁には、天井まで書棚が隙間なく嵌め込まれている。そしてその書棚には、これまたびっしりと国内外で手に入れた、貴重な書物が整然と並べられていた。
しかしロイは、その書物には目もくれず、部屋に入るやいなや、ある一点を凝視している。
図書室の中央。毛足の長い絨毯の上に置かれた、高さの低いソファの上。
そこに寝そべって、吊りランプの明かりの下で熱心に本を読み耽っている美しい少女。
ゆったりとした長衣の上に、薄絹のベールを纏い、分厚い書物の文字を、真剣な眼差しで追っている。
どうやら、余りに夢中で、ロイが室内に入ってきたことにすら、気づいてないようだ。
ロイは、そんな少女の様子を見て、笑いを漏らしつつも、ゆっくりと彼女の隣に座り、そっと声を掛ける。
「……エディ…」
「………」
一回呼んだだけでは、何の反応もない。
それはよく分かり切っていたので、ロイは不快には思わず何度か呼び続けた。
すると、十回程呼んだ頃だろうか。
ようやく、少女の耳に、ロイの声が入ったようだった。
「…えっ………あ……ロイ…?」
ロイの存在に気づき、慌てて本から顔を上げ、傍にいる男の顔を見る。
「あっ…ご、ごめんっ、オレ、またやっちゃった…」
と、言いつつ起き上がり、バツが悪そうに頭を下げて謝る。
「謝らなくてもいいよ。――――集中力が高いということは、良いことだから」
こんな遣り取りも、既に毎度のことなので、ロイはすっかり慣れっこになってしまっていた。別段、それに対して気分を害したこともない。むしろ、少女の集中力や、勉学に対する向上心に驚き、感心しているくらいだ。
(……この国の女性には…余りいないタイプだからかな…?)
と、心の中で振り返ってみる。
この国を…マスタング王国を実質動かしているのは、ほぼ男達ばかりだ。
女性は、体力もなくか弱い存在だから、常に男に守られる存在であるという意識が、この国には建国以来ずっとある。
その意識が一層強くなってしまったのは、ある歴史的事件が原因だった。
その事件が起きてから以降は、女性は、政治や仕事の表舞台に立つと言う事はなく、専ら家を守るべき存在だと見なされていた。子を育て、家を守るためにある存在だと。
故に、大概の男達は、妻となる女性を家の奥向きに住まわせ、余り外に出すようなことはさせない。女性も、それが当然と思う人々が大半だ。
そういった、この国の成り立ちが、女性達から知識を得る、勉学の機会というものを遠ざけ、そのために、女性が男性よりは格下という立場にならざるをえなかった。
(…これからは…少しずつ変わっていかなければならないだろうが…)
寵妃という、この国の女性ならば誰もが喜んで受け入れるであろう地位を投げ捨て、女官長の地位に就き、敏腕を振るっているリザという例もある。
過去にも、自らのやるべきことを見出し、それに向かって猪突猛進した女性の例があることも、ロイは承知している。
(――――流石にあれは、異例中の異例だろうが…)
だが、少なくとも、この国の女性の意識は、少しずつではあるが変わりつつあるようだ。
そんな現象を、ロイは喜ぶべきことだと思っている。
他国には、積極的に能力のある女性を、重要な役職に登用している国もあるという。
だからこそ、まだまだ国の中に眠っている宝の山を、掘り出していく必要があると常々考えていた。
そしてここに至って――――エドワードが、後宮に来てからというもの、その考えが徐々にではあるが、強まってきていた。
彼女と、毎夜接しているにつれて。
その少女はというと、申し訳なさそうにロイを見て口を開く。
「……でも…オレ、一応ここに住まう者だから、ロイが来たときは迎えに出るのが常だと…教えてもらったのに…」
また、出迎えるのもすっかり忘れ、読書に夢中になり、ロイが中に入ってきたのにも気づかなかった。
(オレって、かなり優遇されている立場なのに…)
これで、ロイの妃だと言える立場なのだろうか…と、自責の念に駆られて俯いている少女を見て、ロイは苦笑を顔に浮かべつつも、そっと手に持っていた書物を少女に差し出した。
「……君は、そんな後宮の風習を気に病む必要はないよ。妃と言っても、肩書きだけのものなのだから」
そうでなくとも、暮らしていた国と、この国とでは生活習慣などがかなり違うだろう。
それを少しずつ、リザから教わってはいるようだが、なかなか慣れずに苦労しているようだ。
だからこそ、せめて自分が訪れた時くらいは、しきたりなどを忘れて寛いで過ごしてほしいと思っていた。
エドワードには、他に素晴らしい能力が備わっているから。
それが分かったからこそ、今夜もロイは、彼女のために手に入れた本を、持ってきたのだ。
「――――この本は…」
ロイの差し出した分厚い本を恐る恐る受け取り、表紙を開いて中を確認する。
「これって…テオセベイアの『錬金術事典』じゃないか!」
本のタイトルと、著者を見て、エドワードの金色の瞳が大きく見開かれた。
「これって最古の錬金術書と言われていて、現存しているものはないと言われていた貴重な本だよ!オレの国の図書館にも存在していないものに、ここでお目にかかれるなんて…!」
と、喜びながら、エドワードは古びた本を抱き締める。
「そ、そうなのか?喜んでもらえて嬉しいよ」
狂喜乱舞するエドワードの様子を見て、ロイはその本が宮殿の書庫の奥の奥で埃を被って放置されていたものだとは、とても言えなかった。
「こ、この本も読んでいいのか?」
「勿論。そのために持ってきたのだから」
「……写本、とかもしていいかな?オレの国にはない本だから、写しでもいいから持って行きたいんだけど…」
と、遠慮がちに尋ねるエドワードの姿は、年相応のもので可愛らしく思える。
「―――いいよ、好きなだけ写して、国に帰るときは持って行くといい」
ロイは微笑んでそう答えると、エドワードは満面に笑みを浮かべて、
「ありがとう!」
と言う。
本当ならば、こんな誰からも忘れ去られていた古書など、エドワードにいくらでもあげるつもりだった。
しかし、エドワードは、その申し出をきっぱりと断った。
『国の貴重な財産である錬金術の本を、オレが他国に持って帰るわけには行かないだろ!』
彼女はきっぱりとそう答え、ロイからの提供を拒否したのだった。
――――そう。
この、彼女の考え方が、エルリック王国と、マスタング王国の『違い』をはっきりさせるものだった。
当然のことながら、この二国の生活習慣等は、全く違う。
国の成り立ちや思想が違うのだから、当然のことなのだが、その中でも特徴のある違いはというと。
『錬金術』
だった。
エルリック王国は、一人の高名な錬金術師によって建国されたという歴史を背景に、錬金術が非常に発展している国だと聞く。
その点については、ロイも国王たる者、多少の知識程度はあった。
だがエドワードから、自国について細々としたことを聞くにつれ、いかに錬金術がかの国に浸透しているのかを窺い知ることが出来たのだ。
国内には、『錬金術師』と称し、それを生業とする人々が多数存在すること。
その『錬金術師』の行う錬金術は、国の法できっちり管理されていて、『錬金術師』も国家の出す資格証を得なければ、それと名乗ることができないこと。
そして、『錬金術師』は、自分の持つ錬金術の知識を、国民のために生かすこと。
極力、外の国には流さないこと。
そういった様々な取り決めが国の中には存在し、それらを統率しているのが、エルリック王国を治め、また最高の錬金術師の末裔で、自分もまた優秀な錬金術師である現国王、ヴァン・ホーエンハイムなのだ。
そのような、他の国では到底知ることの出来ない、エルリック王国の内情を、エドワードは少しずつではあるがロイに話してくれた。
それは、ロイを信用してくれているという証でもあるので、正直嬉しかった。
一方で、ロイの治めるマスタング王国はというと。
錬金術に関する知識は、殆ど持ち合わせていないと言ってもいいだろう。
過去、この国の人々が、錬金術に触れる機会が全くなかったとは言いがたい。
歴史書を紐解いてみれば、マスタング王国建国前に、この地にあった古い王国にも、その当時は錬金術師と名乗る人間が存在していたという記録はしっかり残っていた。
しかし、錬金術に関する史実はそこで途切れ、その後はぷっつりと錬金術に関する情報がなくなってしまい、現在に至っているのだった。
だから、何故、当時の王国の国民達が、錬金術に興味を失ってしまったのかは、今となっては知る由もない。ただ、この国の国民性とも言うべきか、あるいは土地柄と言うべきか、人々のものの考え方は、割と現実的な部類に入る。ロイもそのうちの一人だろう。
だからこそ、推測できるのだが、恐らく当時の国民達には、錬金術が手品のような……まやかしのような技術にしか見えなかったのだろう。
だから、率先してその技術を習得しようとはせず、やがて廃れていってしまったのだ。
こういった価値観の違いが、両国に決定的な違いを作ってしまったのだろう。
錬金術を大事にする国と。
錬金術を忘れ果てた国に。
(――――しかし…)
ロイは、手に持っている古書を丁寧にめくりながら、瞳を輝かせて見ている少女の姿を見ながら思った。
確かに錬金術は、上っ面の知識だけではまゆつばものにしか見えないだろう。
だがその奥は、非常に深いのだ。
エドワードに、錬金術の基礎から少しずつ少しずつ、毎夜後宮を訪れた時に教えてもらううちに、ロイもまた、徐々にではあるが錬金術に興味を持ち始めていた。
錬金術は、決して子供だましのような術ではない。
その使用方法によっては、軍事転用すらも可能になるほど、味方につければ百人力で、出来れば敵にはしたくないと、国王であるロイに思わしめる程、強大な技に発展するのだ。
そのようなことが、エドワード話を聞いていくうちに、理解出来始めていた。
そして、また一方で、一つの疑問も生まれていた。
(……どうして、エルリック王国はこれまで、錬金術を軍事転用しなかったのだろう?)
錬金術を究めている国だからこそ、しようと思えば軍事に用いることは簡単なことだろう。
なのに、歴代の国王達は皆、軍事に錬金術を活用したことは全くないという。
錬金術は、自国の民の暮らしのためにのみ用いる。
そのことにのみ力を注ぎ、決して軍事に利用はしなかった。
それが、ロイには不思議でならない。
軍事転用すれば、外国からの脅威を跳ね除けることも容易いだろう。転じて、自らが領土拡大を図ることも可能だった筈だ。
それだけの力が、かの国の錬金術にはある。
なのに、エルリック王国は。
軍事目的では錬金術を利用せず、建国以来、小さな領土のまま細々と存続している。
長き時の中で、数多の国々が生まれ、滅びていった。
そのことを考えれば、小国なれど建国以来ずっと存在し続けるということは凄いことかもしれない。
(実際…あの国は、攻め込んでみても大したメリットがないから、ただ単に他国が放置していただけかもしれないが…)
治める領土も僅か。
しかもその大半が急峻な山岳地帯で占められ、国民達は、僅かにある平地で、農業や酪農などで細々と生計を立てている。
他国への侵略の足がかりにしようとも、隣国との国境は山岳地帯なので、とてもそちらからは攻め込むことは出来ない。
ようは、攻めて自国の領土にしても、何のメリットもない国。
それが、エルリック王国だったのだ。
だからロイも、この国に関しては、全く警戒していなかったのだが……。
(―――だが、そんな国に、アメストリス帝国は攻め込んだ)
ロイは、傍で古書を読み耽っている他国の王女を見つめる。
(………しかも、攻撃した理由は、この王女にあるかもしれない…)
はっきりそうだと言える、確証はない。
だがそう答えを導き出すと、すんなりと納得できるような気がした。
この度の、アメストリス帝国侵攻の理由が。
(――――もしかしたら…)
ひょっとしたら、かの国がエルリック王国に攻め込んだ目的は、その『領土』ではなく、『人』にあるのではないのかと。
今、この場所にいる王女に。
(……王女と……錬金術に…か?)
確かに、王女は美しく愛らしい。
妃にしたいと、アメストリス帝国皇帝が望む理由も分からないでもない。
だが、それだけではないだろう。
かの国の皇帝の目的は、別にもあるのだ。
それが――――錬金術。
どうして、あの帝国の皇帝が、エルリック王国に伝わる錬金術の存在を知ったのか。
また、それが狙いとして、他の王族達には全く無関心で、何故、王女一人のみを探しているのか。
漠然とだが、帝国の狙いが見えては来たものの、未だ詳細は謎のままで、ロイにとってはもどかしかった。
(ホークアイ女官長の、調査待ちということか…)
彼女の情報収集能力は、信頼するに値する。
だから、彼女を信じて待っていればいい。
そんな確証が、ロイにはあった。
だからこそ。
(だからこそ、事の次第がはっきりとするまでは、この少女を匿っておかないと…)
この後宮にいることが判明したら、アメストリス帝国はこの国に攻め込んでくるかもしれない。
勢力が拮抗しているから、易々と攻め込ませるつもりはないが、いたずらに戦って、国力を削ぐような真似はしたくなかった。
それに、どうやら錬金術に関しての知識にやたら詳しいこの王女を、帝国に渡したくもなかった。
故に、王女の存在を隠し通さねばならない。
既にこの国にも、アメストリス帝国の斥候が潜り込んでいるだろうから、一層用心しなければ…と思った。
(―――相手は、企み上手な輩だからな。十分、用心しなければ…)
明日にでも、リザと後宮の警備について協議しようと気を引き締めつつ、ロイは本を読むことに全神経を集中させている、少女の
愛らしい横顔を見つめながら思った。
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