{『ため息』
「…また、やりましたね」
「これで何回目だろーな?」
「今日だけで、既に68回目です」
「…さすがホークアイ中尉。ちゃんと数えていたんですね」
「全く、ため息する間があったら、さっさと仕事を片付けてくれたらいいものを…」
「あのなぁ、あの大佐が、んなことするような人に見えるか?」
珍しく何事も起こらない東方司令部。
それならば、誰もが心穏やかに、能率よく仕事が出来るのかと思いきや。
ある一部では必ずしもそうではなかった。
その一部とは、ロイ・マスタング大佐と彼の部下が詰めている一角のことだ。
先程からのひそひそ声の主の上司は、質と能率はともかく、常日頃仕事に対するとっかかりに時間が掛かることで、東方司令部内では密やかな事実として有名であった。
しかし今日は、更に拍車がかかっていたのだ。
朝、執務室に入って以来、仕事には全く身が入らず、宙を見つめてはため息ばかり。
時折執務室の入口の扉が開く度に、すぐさま視線をそちらに向けるものの、入ってきた人間を見てはがっくりと肩を落とす。
そしてまた、ぼんやりとしつつため息を漏らす。
その、繰り返しだった。
当然のことながら仕事は遅々として全く進まず、彼等の部下達はどうしたものかと悩み、執務室のドアの隙間からロイの様子を観察しては、ひそひそ話を続けていた。
「大佐の仕事嫌いはいつものことだが、今日はさらに輪をかけてひどくないか?」
「そうですよね…。心ここにあらずって感じですよね」
ハボックの意見に、フュリーが同意する。
「…何かあったんですか、ホークアイ中尉?」
恐らく、このメンバーの中では、最もロイのことを熟知しているリザに、ファルマンが尋ねると。
「…何かあったらいいのだけれど」
ぽつりとリザは答えた。
「……は?」
「何もないから、ああなっちゃったのよ、大佐は」
彼女のそんな口調は、既に部下のものではなく、『母親』か『姉』のもののようだった。
「それはどういうことっすか?」
ブレダの問いに、リザはため息をつく。
「…昨日、エドワード君から連絡があったのは、知ってるでしょ?」
「ああ、確か文献探すついでに、ここへ寄るって言ってましたっけ?」
ハボックの答えに対し、リザは頷いて話し続ける。
「だけど、もうすぐお昼近くになるっていうのに、彼が現れない…」
リザがそこまで答えるだけで、他の者は納得したように大きく頷いた。
「大佐、何のかのと言いながら、エドが来ると嬉しそうだもんなぁ…」
とは、ブレダ。
「この前も、口喧嘩してましたけど、顔は笑ってましたもんね」
と、フュリー。
「おまけに、その日はさっさと仕事を済ませて、いそいそと帰路についたような…」
ファルマンが記憶を辿る。
「ああ、そうそう。あの後、偶然見てしまったんだよな、オレ。大佐とエドが一緒にレストランで食事してるとこ」
と、ハボックが繋いで。
「…ちなみにそのレストランは、大佐のデートコース定番の場所ではないわよ。本命用としてしか使わない、高級レストランなの」
「……何が本命って?」
リザが会話のとりを言った直後、彼等の背後から暢気な調子の、高めの声が聞こえてきた。
その声にいやというほど聞き覚えのある彼等が振り向いたところ。
「何やってんの?みんなして大佐の部屋の前に固まってさ」
黄金色の瞳を不思議そうに丸くして見つめていたのは、『鋼の錬金術師』ことエドワード・エルリック。
ついさっきまで、彼等の会話にのぼっていた人物が、目の前に立っていた。
「遅くなってごめん。汽車が遅れちゃってさ。おまけに文献探してたらあっという間に時間がたってて…」
気がついたら、こんな時間になってた、とエドワードは笑う。
「アルフォンス君はどうしたの?」
「アルは文献をまだ探してるよ。昨日、ここに行くって言ったから、とりあえずオレだけ来たんだ」
「そうなの…。ありがとう、エドワード君」
「え…?」
リザのいきなりの謝辞に、言われたエドワードがきょとんとする。
「とりあえず、大佐に挨拶した方がいいわよ」
リザの言葉に、他の4人は一斉に執務室のドアの前から離れて、エドワードに道を空ける。
「…忙しくないのかな、大佐?」
「全然大丈夫!今日はヒマな方さ」
「そうですよ。ぜひ挨拶していってください!」
「後で、大将の好きな茶菓子持って行くからさ」
「ちょ、ちょっと…!」
戸惑うエドワードをよそに、彼等はグイグイとエドワードの背を押して、ロイの執務室の扉をノックする。
「大佐、失礼致します。ただいま、エドワード君がいらっしゃいました」
リザの言葉の直後、執務室から乱暴に椅子を引くような音が聞こえてきて。
「それでは、中へどうぞ、エドワード君」
「ちょっと、ホークアイ中尉…っ!」
未だ訳が分からないエドワードの身体を、皆で執務室の中に押し込んで、扉を閉める。
直後、室内でエドワードが何か喚くような声が微かに聞こえてきたが、皆無視をして、それぞれの机に戻った。
「…やれやれ、これで今日の仕事も片付きますね」
と、ファルマンは肩を叩きながら安堵したように呟く。
「そうだな…。残業しなくても済みそうだし」
ハボックはタバコを1本取り出して、火をつけた。
「ほんと、エドが来てくれて助かったぜ…」
と言いながら、『詰め将棋』というタイトルの本を広げて、ブレダは読み始めた。
「そうですね、最近残業が続いたから…。ほんと良かったですねえ、ホークアイ中尉?」
壊れた無線機の修理を始めようとしたフュリーもまた、会話に入り、リザに話しかけると。
「本当に、助かったわ」
肩の荷がおおりたようにしみじみと呟き、安堵のため息をついた。
手間のかかる上司を抱える部下の苦労から、今、この時だけは離れられるので。
「……エドワード君には、感謝しなくっちゃね」
ふふ…と笑って、未だ何か喚いている、執務室のドアを見つめた。
…東方司令部の愉快な面々、ですか?ていうかロイとエドが公認っていうのを書いてみたくて…。ロイもおもちゃにされてるのって書いてて楽しいですね。(ほんとに私、ロイが好きなのか?)でもやっぱり、一番強いのは、ホークアイ中尉ですよねえ。私、強い女性が大好きです。