『情けない』

 マルコーが連れて行かれた後も、雨は降り続けた。

 アルフォンスの身体の破片を全て集め終えて、一旦東方司令部に戻ってからも、雨は止むことなくしとしとと降っていた。

「鬱陶しい雨…」
 あてがわれた宿舎の一室で、エドワードは窓の外に広がるどうよりとした風景を眺めて呟いた。
「雨が止まないと、動けないな…」
 ため息をつく。アルフォンスの身体は自力では動けない状態であるし、自分もまた機械鎧の腕を失ったままだ。スカーも未だ行方不明のままなので、迂闊に動くことも出来なかった。
「仕方ないよ、兄さん。雨が止むまでここにいよう」
 ロイの配慮で、動けなくなったアルフォンスは密かに宿舎に運ばれ、部屋の隅に置かれていた。
「…そうするしかないか」
 と、諦めて答えた時。
 ふと。窓から見える風景に変化があったことに気づいた。
「何で……?」
 呟いた次の瞬間には、身を翻していた。
「兄さん…?」
「ちょっと出てくる!すぐ戻ってくるから」
 そう言い残し部屋を出て、宿舎の外に走り出た。
 未だ降り続ける雨の中、そこには。
「……何やってんだよ、大佐」
 雨の中、ただ立っているだけにしか見えないロイに、エドワードは後ろから声をかける。
「…鋼の」
 ちら、と振り向き呟くが、その場に立ったままだ。
「雨の日は無能のくせに。そんなとこ立ってたら無能な上に風邪引くぞ」
「私はそんなにやわじゃないよ」
 フ…と口元だけで笑ってみせる。だがそれは、本当に笑っているのではなかった。作り笑いだということくらい、エドワードにもわかった。
「…何だか、いつもの大佐らしくない」
「いつもの…?」
「ああ」
 常に自信と信念の上に立ち、強い人だと思っていた彼が、今は様子が変だった。雨に濡れるに任せる姿はどことなく悄然とさえ見えてしまう。
「…やれやれ、子供にまで見透かされてしまうとはな」
「オレは、子供じゃねえ!」
 苦笑を浮かべて肩をすくめるロイの言葉に、エドワードはカッとなって怒鳴る。
「ああ、失礼…」
「大佐…やっぱ変…」
 あの大佐がすぐに謝るなんて、はっきり言って不審以外の何ものでもない。
「…何か、あったのか?」
「………」
 ロイは、答えなかった。
 その代わり。
 ゆっくりと振り向いて。
 見上げてくるエドワードの顔を見つめた直後、そっと自分より遥かに小柄な身体を腕の中に抱き締める。
「た、大佐…!?」
 抱き締められ、驚いたのはエドワードだった。すぐさま暴れて離れようとしたのだが。
「…私も、まだまだ弱いな……」
 抱き締められ、耳元で呟いたロイの言葉に動きを止める。
「大佐…?」
「この道を自分で選んでからは、覚悟していた筈なのに…。彼の一言でこのザマだ…」
 どれ程にひどいものを見、ひどいことをしてこようと、決して後悔しない筈だった。それなのに、マルコーのたった一言で、自分の犯した過ちを思い出し、ぐらついている己がいる。昔の、心弱かった頃の自分が甦ってしまう。
「……情けないな…これしきのことで…」
 自嘲めいた笑みを漏らす。そして。
「…すまなかったな。雨の中」
 抱き締めた腕を離そうとしたのだが、それは中途で止まった。
「情けなくていいじゃん」
 ロイの背中に、腕が回される。エドワードの、左腕だけが。
 ゆっくりと回され、ぎゅっと抱き締めた。
「誰でも、そんなとこ持ってるだろ?大佐が恥じることない」
 誰でも弱さを抱えている。それを乗り越えて生きていくことで、人は強くなれるのだから。
 確かに、ウィンリィの両親を殺したのが軍部で、直接手を下したのはロイた゜ったという事実は、エドワードにとって生半可な衝撃ではなかった。
 けれどその事実で深い傷を負ったのは、他でもないロイ自身であるということも分かっていた。
 だから、責めることなどしないし、出来ない。
 自分も同じ、なのだから。
「オレも弱いし、大佐も弱い。でもその弱さがいつか必ず、強さに変わるんだ」
「…鋼の」
 ロイは、見上げて呟くエドワードの真っ直ぐな瞳を見つめ、微笑を浮かべる。それは先刻までの、疲れたような作り笑いではなかった。
「では、どちらがどれだけ強くなれるか、競争だな」
「ああ、でもオレは負けないぜ!」
 勝気に笑うエドの顔を見て、ロイは確信する。
(この少年は…どこまでも強くなれる。)
 己の望むままに、強くなれるだろう。自分の持つ弱さも傷みも全て受け止めて、強さに変えられるだろう、と。
 そして、そんな彼に、惹かれていく『自分』がいることも確信した。
(願わくば……)
 ロイは、そっと心の中で願う。
 願わくば、この少年の行末を見届けることが出来るように……と。
 そして…その時には、自分が彼の傍にいられるように…と。
 そのためならば、自分は強くなれるであろうと確信していた。

「…あ、雨、止んだな」
 エドワードの声に、ロイも空を見上げる。
「そうだな…」
 雨はやみ、雲の隙間からは陽の光が差し込んでくる。

「雨がやんだら、大佐は強くなれるな」
「ああ。無能呼ばわりはさせないぞ」
 
 そう言った直後、2人は同時に笑った。
 青空のような、晴れやかな笑顔で。





 …この話は、アニメの第15話を見た直後に浮かんだ話です。ロイの過去にあんなことがあったとは…。このことをエドワードが知ったらどうするのだろうと思い思い書きました。