『始まり』
「こんばんは!」
「お邪魔しまーす」
「……あら、エドワード君?」
日勤の者達が帰る夕刻に、ふらりと東方司令部を訪れたエルリック兄弟を見て、リザが声をかけた。
「どうしたの、今頃?」
「それがさあ、今日乗る筈だった汽車が、この雪で運休しちまって。仕方ないから今夜は軍の宿舎借りようと思ってさ」
「あらあら、それは災難だったわね。宿舎は、空いているから大丈夫な筈よ」
「助かったあ。…それにしても、中尉は今日はもう仕事終わりなの?」
目の前に立っているリザが、珍しく軍服ではなく、私服のスーツ姿なので、ついエドワードは聞いた。
「そうなの。これから夜勤の人を除いて、年末恒例の年越しパーティーに行くのよ」
「…それって、東方司令部のですか?」
エドワードの隣に立つアルフォンスが興味津々とばかりに尋ねる。
「ええ。家族のある人は余り来ないけど、独身の若い軍人メインの、憂さ晴らしパーティーみたいなものね」
「そうなんですか…」
「そういやぁ、今日って今年最後の日だったよな」
リザの説明で、2人は気づいた。
明日になれば、また新しい年が始まるということを。
ここのところあちこちを歩き回っていたせいで、日にちの感覚が無くなってしまっていたのだ。
「良かったら、エドワード君とアルフォンス君も来ない?飛び入りは大歓迎よ」
リザが微笑んで、誘う。
だがエドワードは、
「いや、オレはいいよ。今日はここでゆっくり休む」
汽車待ちしてて疲れたから、とエドワードは辞退した。
「アルは、行けよ。年越しパーティーなんて、滅多に参加出来るもんじゃないし」
「……いいの、兄さんは?」
「ああ。気にするなって」
実は、お祭りのような賑やかなことが大好きなのだ。今、鎧の姿となっている弟は。
だから、たまには楽しませてあげたかった。
何もかも忘れて。
「…じゃ、お言葉に甘えて」
「ええ、大歓迎よ、アルフォンス君。皆も喜ぶわ」
にっこりと笑いリザが頷いた。
「んじゃ、オレは宿舎に入ってるよ」
話が纏まったので、エドワードはトランクを持って宿舎に泊まる手続きをするために歩き出そうとした。
その時。
「ああ、待って。エドワード君」
リザが呼び止める。
「……何、中尉?」
「宿舎に残るというのなら、あなたに頼んでもいいかしら…?」
「……何を?」
「簡単なこと。しかも」
にこにこと笑うリザを、ほんの少し不安そうにエドワードは見ていた。
「あなたにしか、出来ないことかもね」
「……それであの時は、君がいきなり私の部屋を訪ねてくれたのか」
「ああ。パーティーの料理をこっちに運んでくれる代わりに、夜勤で拗ねている大佐のお守りをしてくれって、中尉……今は大尉だっけ…に言われてさ」
「料理と私のお守りが、等価交換か…」
「腹、減ってたんだもん。それに、新年迎えるのに、宿舎の食事だけじゃ味気ないだろ」
「…そうだな。あの時は、私も楽しかったよ、本当に」
ロイは、腕の中にある温もりを確かめるようにそっと抱き締めて、囁く。それだけで、ロイに温もりを与えていた存在……エドワードは、気持ち良さそうに瞳を細めた。
「…君と、2人だけで、新年を迎えられて…」
今思うに、あれは聡い部下である、リザなりの慰労だったのだろう。
また1年、無事に終えることが出来た上司に対しての。
「だから…その翌年からは寂しかった。君と過ごすことが出来なくて…」
「……うん……オレも……」
エドワードは、その時のことを思い出し、ロイの素肌の胸にそっと頬を寄せる。
『扉』の向こう側いた時。
異なった世界に離れ離れになっていた時。
2人は、一緒に新年を祝うことが出来なかった。
それはとても寂しいものだったけれど。
だけど。
2人とも、希望は捨てなかった。
いつか会える。
会って……2人で過ごすことが出来るようになる。
そう信じて……懸命に生きてきた数年後。
「……やっと、会えた…」
「うん……」
腕の中の柔らかい金糸に指を絡めて。その甘い香りのする髪に、顔を埋めて。
ロイは呟く。
やっと、取り戻すことの出来た恋人は、数年のうちにほんの少し成長していたけれど。
愛しい人には、変わりなかった。
待ち望んでいた…人だから。
「ロイ……」
胸に埋めていた顔を少し上げて、ロイの顔を覗き込む。
そっと生身の右手を伸ばし、ロイの髪をかき上げる。
そして…今はもう、何も映し出させない、瞳を見つめる。
負傷の痕が生々しく残っている、左の瞳の傷に、そっと指で触れる。
それは、エドワードの知らない間に起きていたこと。
この数年の間に、様々なことが変わっていた。
この国の体制も…人々の生活も。
日々、それらは今も、変化し続けている。
(…変わらないものは、ないのかもしれない)
変化することによって、この世界は営み続けているのかもしれない。
それは、必然のことかもしれない。
だけど。
(オレのこの想いは…変わらせない…)
自分を抱き締めている、男への想いは。
愛しいと想う気持ちは、変えたくない。
このままずっと……愛しいと思い続けたい。
また、新たな年を迎えても………
「エド……」
「うん…?」
呼ばれ、エドワードは応える。
「もうすぐ…夜明けだ…」
「……ああ…」
ロイが促す視線の先。
カーテンの開け放たれた窓からは、空が白々とする様が飛び込んでくる。
新しい年の始まり。
再び2人で生きていける、年の始まり。
2人は、少しずつ明るくなる空を、抱き締めあったまま見つめていた。
新年更新です!
何とか…出来ました。
昨年は本当にお世話になりました。今年も、よろしくお願いいたします。
今年が、皆様にとっても良い年でありますように……そう願いながら書きました。
勿論、ロイとエドにとっても…ね。
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