『電話』

 電話なんて。
 こっちからかけることなんて、そうそうない。
 あるといったら、調査の途中経過や、今の居場所を報告する時くらいで、それ以外は全くといっていいほどかけることなんてなかった。
 そして、当然のことながら、あいつの方からかかってくることもなかった。
 そりゃ、そうだよな。
 あいつは今、オレがどこにいるかわからないもんな。
 …大体の居場所は掴んでいても、それだけじゃ電話なんてかけられっこない。
 だから、あいつからの電話なんて、期待してない。
 期待してるだけ…無駄だから。
 声、聞けなくても平気。
 大体、オレは1人じゃないし。アルだっているし…。
 辛いこととかない…し…。

「何、ひとり言呟いてるの、兄さん?」
「うわっ…!アル?」
 背後からいきなり声を掛けられたエドワードは、慌てて振り向いた。案の定そこには、アルフォンスが立っている。
「1人でへたりこんで、ブツブツ何か言ってる姿って、はっきり言って不気味だよ。見てたのがボクで良かったね」
「何が不気味だっ…!」
「不気味な兄さん、ボク見たくないからね。ほら、行って!」
「な、何だよ?んなことしなくても、自分で立ち上がれる!」
 両脇を抱えて立ち上がらせようとしたアルフォンスの行動を制して、エドワードは自分で立ち上がった。
「電話、だよ。兄さんに」
「オレに?誰から?」
「『報告が滞っているが、どうかしたのか?』だって。心配してたみたいだよ」
「あ………」
 その内容で、誰からかがすぐにわかってしまう。
「大佐か…。でも、どうしてここが?」
 行き先は、出発前に告げてはいるが、この宿のことは連絡していない。向こうからは、ここにいることは分からない筈だ。
 そこまで考えて、エドワードははた、と気付いた。
 それから続けて、隣にいるアルフォンスをじーっと見る。
「アル…おまえ……」
「どうしたの、兄さん?ほら、早く行きなよ。大佐待ってるんだからね!」
「わ、わかったよ…!」
 弟に急かされたエドワードは、仕方ないとぶつぶつ呟きながら階下へと降りていった。

「…全く、素直じゃないんだから」
 兄さんは、とアルフォンスは溜息をつく。
 今は面倒くさそうに出て行ったが、きっと受話器を取って話を始める頃には、少し照れくさそうに、でも嬉しそうにしている筈だ。
 受話器の向こうにいるのは、ロイだから。
「兄さん、気付いてないんだろうなぁ…」
 電話で話をしている時の、自分の楽しそうな雰囲気を。
 話す内容は、余り甘いものはなくて、報告などの仕事に関したものが大半なのだが、それでもロイと話をしている時のエドワードの態度は、普段とは違っていた。
 口調はぶっきらぼうでも、顔は裏切っていた。
 声を聞いているだけで、幸せそうな…そんな様子を、アルフォンスは度々目撃してきた。
 ただ、今回は報告する用件も少なくて、電話をかける理由がないために、こちらからかけられずにいたエドワードを見かねて、こっそりアルフォンスがロイに電話をかけたのだ。
 何となく…エドワードが塞ぎこんでいたから。
「兄さんと、話してあげてください」
と、ロイに頼んで、エドワードを呼びに上がった。
「…兄さん、気付いているみたいだけど」
 アルフォンスが企てたことだと。
 でも、それを責める兄ではないだろう。
「むしろ、感謝してくれなくちゃね」
 兄の恋路に協力しているのだから。
 ただ、相手があのロイだというのは、少し引っかかるものがあるけれど。
 でも今は、エドワードが幸せそうだから、黙って見守ることにした。
 ただし、ロイが裏切るような真似でもしたら、その時は容赦しないが。
「あーあ、こんな出来た弟っていないよね?」
 そう呟きながらドアを少し開ければ、階下からのエドワードの声が聞こえてきた。
 案の定、嬉しそうな声。
「…これだけ兄さん孝行してたら、またネコを拾っても、今度は文句言わないかな、兄さん」
 そう呟いて、アルフォンスは扉を閉めた。
 恋人達の睦言を聞く趣味は、持ち合わせていないので。