『残業』
「……って、好きなのかと思ってた」
「…何がだね、鋼の?」
最初の言葉が耳に入らなくて、ふとペンを走らせていた手を止めて聞きなおしてみたのだが。
「残業」
「…はぁ?」
「好きなのかと思ってた、残業が」
「…鋼の」
「だって、いっつもやってるし」
「…残業を好む人間が、いると思うのかね?」
エドワードの、唐突且つあんまりな言葉に、ロイの肩ががっくりと落ちてしまう。
「中にはいるかもしれないじゃんか。ほら、残業手当目当てにしてるとかさ」
「鋼のは、私が残業目当てだとでも言いたいのかね?」
「いや、それはないだろ?だって高給取りだし、おまけに国家錬金術師としての研究費もあるんだからさ」
あっさりとエドワードは否定する。
「よくわかっているじゃないか」
「なら、どうして残業なんかするんだよ?」
エドワードが素朴な疑問を口に出す。
彼の疑問は尤もだ。
この若さで大佐という地位にまで上っているロイのことだ。雨の日は別として、普段の仕事は有能に違いない。
それなのに、たまに軍部を訪れてみれば、必ずと言っていいほど残業に勤しんでいるロイの姿があった。
「大佐って、とっかかりが遅いのか?低血圧で朝は使い物にならないとか?」」
「……一応、朝からきちんと始めているつもりなのだが」
「じゃあ、夜にならないとやる気が起きないとか?」
「夜型人間というわけでもないが…」
「だったらどうして?」
今日のエドワードは、妙に突っ込んでくる。先刻まで読みふけっていた錬金術の研究書を読破してしまったから、暇になってしまったのだろう。格好の暇つぶしとばかりに、次から次へと疑問をロイにぶつけてくる。
だが、ロイにしても彼との会話は決して邪魔なものではなく、むしろ嬉しいことなので、仕事の手を休めてついついエドワードの疑問に律儀に答えていた。
「……しいて言えば、だな」
「うん」
「私が残業するのは…家に早く帰っても、君が待っていないからかな?」
「……はぁ?」
「鋼のが、待っていてくれるとわかっていたら、残業なんてせずに飛んで帰るのだが」
誰もいない家に戻るのは寂しいからね、と微笑んで答えると、エドワードの顔はほんの少し赤らむ。
「ふん、言ってろ。口八丁手八丁大佐」
「褒め言葉と受け取っておくよ」
顔を赤くしての悪口雑言など、何の威力もない。ロイはニコニコと笑いながら再びペンを動かす。
「…さて、この机上にある書類を片付けたら、今日の仕事は終わりだ。その後は、付き合ってくれるね、鋼の?」
「付き合うって…どこにだよ?」
「久しぶりに、私の家で食事をしないか?帰る途中でいろいろ買って」
「…いいけど。アルにもゆっくりしてこいって言われてるし」
「相変わらず、よく出来た弟君だね」
「まあ、な」
2人の関係を薄々ながらも察しているのか、アルフォンスはしばしば別行動をしてくれる。
それを気恥ずかしいと最初は思い、こっそりと会いに行くこともあったが、結局は彼にもすぐにばれてしまうので、今では行き先を告げて行動するようになってしまっていた。
「アルなりに、気を遣ってくれてるんだろうけど…」
「ならば、彼に感謝しないといけないな」
と呟き、ペンを置く。
「さて、今日の仕事は終了だ。待たせたね、鋼の」
とんとんと書類を整えて、席を立つ。
「もう、終わり?」
エドワードも、軽く伸びをしてソファから立つ。
「ああ。中尉にこれを渡して帰ろう」
「じゃ、今日は中尉達も早く帰れるな」
「…そうだな」
エドワードの言葉に、ロイは苦笑する。
恐らく、ハボック達は2人が帰った後に大喜びするだろう。久方ぶりに定時帰宅が出来るのだから。そして、エドワードが来てくれたことを感謝するに違いない。
「…もっと頻繁に来てくれたら、彼等も助かるだろうに」
そして、自分も。
好きで、残業をするわけではないのだから。
1人の家に戻るのは、少々虚しいと思ってしまう時もある。だからつい、仕事を先延ばしにしてしまうのだ。
「もう少し、ここに顔を出して欲しいものだな」
ぽつりと小さく呟く。
「何か言った、大佐?」
隣室へ繋がる扉を開けようとしたエドワードが、ふと振り返る。
「いや…何でもない」
ロイは、言わなかった。
今は、言うべきでないことだから。
彼等が忙しい身であることを、最もよく知っているだけに。
だから、今は。
こうやって時折、顔を出してくれることだけでも感謝しよう。
そう遠くない将来、彼が傍らに留まってくれる日が来ることを願いながら。
久々の更新です〜。
ロイっていわゆる中間管理職ですよね、軍部では。いろいろ大変なんだろうなあと思いつつ、書きました。
残業…出来ることならしたくない、でもせざるをえない時もあるものですね、私にとっては。
いま書くとすごく切実です…。(やっと解放されそうですけど。)
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