『春はきぬ』 

 桜よりまさる花なき花なれば
 あだの草木はものならなくに

 遥か東方の島国で、昔実在した著名な歌人とやらが歌った、桜の美しさを称えた歌という。
 その国の人々は、桜を殊の外愛しているということだった。。

 勿論、この国にも桜の木はあるが。
「…とてもその国みたく、風流な雰囲気じゃないか…」
 と、ポツリとエドワードが呟いて視線を向けた先には。

「お〜い!こっちの酒、もうなくなったぞぉ。新しいのを出してくれぇ」
と、ヒューズが空瓶を振り上げれば。
「そうだ!私ももっと飲むぞ!さっさと出せ!」
と、こちらは空のコップを振り回しているロイが隣に座っている。
 そして、二人の少し後ろには。
「おい、アル!おまえも図体でかいんだから一緒に飲め!」
などと酔っ払って無茶苦茶言い、酒を勧めるハボックがいて。
「わぁーーーーん!助けて、兄さぁん」
 強要されて逃げようとするのだが、ハボックがアルフォンスの頭の紐を引っ張って離さないために、その場から出ることができなかった。
「………」
 そんな酔っ払い達の横には、やれやれと諦め顔でため息をついているリザが座っていて、その脇には至極真面目な顔をして桜を見つめている(その様子だけみていれば、酔っ払いには決して見えないのだが、実はしたたか酔っている)ファルマンと、真っ赤な顔をして泣いている(どうやら泣き上戸らしい)フュリーがいた。
 唯一そこにいないのは、ブラックハヤテ号を避けて遠くから窺っているブレダだけだ。

 久しぶりにエドワードとアルフォンスが東方司令部を訪れた時は、丁度うららかな春の午後だった。
 その時偶然、全員非番ということで花見に行こうとしていたロイ達ご一行と出くわし、そのままずるずると花見会場へと連れて来られたというわけだった。
「大体、この国に花見なんて習慣、ないのに…」
 どうやら東方司令部一の雑学王、ファルマンの口から出た、東洋の島国で行われている花見の習慣について、職場内で盛り上がったのがそもそものきっかけらしかった。丁度その時、ヒューズが東方司令部を訪れていたという偶然も重なって、お祭り好きの彼の音頭で、あっという間に花見がセッティングされたというわけだ。
 花見の場所は、東方司令部からそう離れていない、公園の中。
 大きな桜の古木が1本そこにあり、見事に満開の花を咲かせていた。
 だが、この国には花見の習慣がないので、その桜の周りには他に人もおらず、彼等は言わば貸し切り状態で木の下にシートを広げ、酒とつまみ、お弁当を取り出して思い思いに花見を楽しみだしたのだ。
 当然、その中にはエドワードとアルフォンスもいたのだが。
 アルコールが入って、次第に酔っ払いと化す大人達の相手にいささか疲れたエドワードは、食べるものはしっかり食べてさっさと彼等の中から避難し、少し離れたところで呆れたように彼等の様子を眺めていた。
「…ったく、酔うと本性丸分かり、だぜ」
 と、他人事のように呟く。実際、他人事なのだが、アルフォンスをあのまま酔っ払い達の中に放っておくわけにもいかない。
 仕方なく立ち上がり、アルフォンスを助け出すために歩き始めた時。
「鋼の〜〜〜っ!」
「うわっ…!」
 不意に正面から抱き締められて、もがく。
 相手は言わずもがな。
「た、大佐…!」
 突然ロイがエドワードに抱きつき、ぎゅうぎゅうと抱き締めるのだ。
「ど、どうしたんだよっ、一体!」
 離そうとするが、ロイの力が勝って出来ない。
 どうやらしたたかに酔っているロイのどこに、こんな馬鹿力があるのだろうか…と、抱き締められつつエドワードは思った。
「もうっ、いい加減離せよ!」
「つれないなあ、鋼の。ヒューズの娘自慢ばかり聞いていられないから、ここに来たというのに…」
「あー、はいはい」
 酔っ払いの戯言など聞いてられない。エドワードの反応が冷めたものになってしまうのも、無理はないだろう。
 だが幸い、酔っ払っているロイは彼の態度を気にも留めなかったようだ。
「おいっ、ヒューズ!」
「えっ……?」
 エドワードを腕の中にぎゅうぎゅう抱き締めたまま、今はアルフォンスに管を巻いているヒューズを呼ぶ。
「なんだぁ、ロイ?」
「おまえのエリシアも可愛いだろうがな、私のエドワードはもっと可愛いぞ!」
 ロイの一言で、その場にいる者達の様子が二分した。

「よっ、大佐!お熱いですね!」
「うんうん、エドは可愛いなあ、確かに」
「何を言う!エリシアちゃんの方が百倍も千倍も可愛いぞ!」
「…………」
 ロイの発言を素直に受け入れて、各々反応する者と。

「こっ、この馬鹿大佐!こんなとこで大きな声で言うことじゃないだろうっ!」
「言うことじゃないって…兄さん…っ!?」
「大佐…。時と場合をいい加減弁えてください…」
 と、ごくごく普通の反応を示す者達。
 ようは、酔っ払い達とそうでない者達との違いだった。
 酔っ払い達はまだいい。自分達の発言に、何の責任も持っていないのだから。
 だが、しらふの面々には、恥ずかしいことこの上ない内容だ。エドワードが怒っても無理はないだろう。
 しかし、しらふの者達の苦悩をよそに、酔っ払い達の暴言はなおも続いたのだ。
「いいや、エドワードの方がずっとずっと可愛いぞ!特にあの時が最高だ…。泣いて縋ってくるんだぞ…」
「ええっ!兄さんっ、それってどういうこと!」
「へぇー、そうなんだぁ…。大将、やっぱり可愛いんだ」
「違う!エリシアちゃんのほうが可愛い!」

 周囲から途端に湧き上がる、悲喜こもごもの声を、当のエドワードはもはや聞いていなかった。
「この…この…エロ大佐ぁっ!」
 鈍い音が一発、桜の木の下で響く。
 その後、賑やかだったその場は、一瞬にして静まり返ってしまった。
 エドワードがロイに向かって放った、機械鎧の拳からの、一発によって。



 その後暫く、ロイの左頬の腫れは消えず。
 東方司令部では花見が禁止事項の一つに加えられたという…。




 突発の話、です。某アニメ雑誌の表紙を見て思いつきました。しかしあんなに酔っているロイって…。私、この人って酔っても全然崩れない人だと思ってましたから…。崩れたロイも好きですけどね。