『いってきます』

 いつの頃からだろう。
 気づけば、別れる時にはいつも、そう言っていた。
 
 会うのは大概、国家錬金術師という資格を持っている以上、仕事絡みで。
 報告がてら、訪ねているという状況からか、話も当然のことながら事務的なことばかりで終わっていたのに。
 それに、変化が起きたのは、一体いつの頃からだったか。
 
 ほんの気まぐれに、旅の途中で見知ったことの話をしたら、とても興味深げに、楽しげに聞いてくれたので。
 その様子を見た時、何となく嬉しくて、その後は次第に報告よりも、雑談の方に時間をかけることが長くなっていった。
 そんな、エドワードの言動を、訪問先の主、ロイ・マスタング大佐は、全く煙たがる風もなく。
 むしろ、エドワードがやってくる度に、お茶菓子などを添えては、歓迎してくれているようなので。
 次第にエドワードはそこを訪れることが楽しくなっていった。
 楽しいから、その一時を大事にしたくて。
 旅の途中で、アルフォンスに冷やかされながらも、わざわざ買い求めた土産を持って行くようにもなった。
 彼の……ロイの喜ぶ顔が見たくて。

「…で、今回はこれかい?」
 ロイは嬉しそうに微笑んで、エドワードが差し出したものを手に取る。
 それは、手に中におさまるくらいの小さな皮袋だった。その袋の、結わえてある紐を緩めて、中に入っているものを掌に出してみると。
「これは…ブラック・オニキス?」
 黒く艶やかな石が姿を現す。
「そう。災いを除けるお守りになっていうから…さ。あんた、敵が多そうだし。それに……」
「…それに?」
 ロイは続きを促したが。
「…言わない」
 ほんの少し頬を赤らめて、エドワードは言うのを拒否した。
「内緒にされると、余計に気になるね、鋼の」
「絶対に言わないっ!」
 ますます顔を赤くして、そっぽを向く。
(…言えるわけないじゃないか)
 その石を、偶然市場で見た時。
 ロイの顔を真っ先に思い浮かべたから、つい買ってしまったなんて。
 石の深い黒が、彼の漆黒の髪や瞳を連想させたなんて。
 そんなことを言ったら、目の前の男をますますつけあがらせることになってしまうだろう。
 いつも、彼のことを考えていることが、知れてしまうから。だから言える筈がなかった。
 言えないから…ついふてくされた態度をとってしまった。
 そんな子供じみた仕草がまだ良く似合うエドワードを見ながら、ロイは笑ったが、それ以上追究しようとはしなかった。
「…まあいい、これは大事にするよ。君がくれたお守りだからね」
 と言いつつ、石を袋に入れる。
「…それで、今日、ここを発つのかい、鋼の?」
「ああ。あまりのんびりしてられないからな、まだ」
 自分達の願いを叶えるまでは、この旅は終わらない。一つ所に留まることは許されないのだ。
「…そうか」
 ロイも、敢えて止めようとはしない。彼等の旅の目的を、知っているから。
「同じことを言うようだが、道中気をつけて行っておいで。鋼の」
 言いながら、ロイはエドワードに歩み寄る。
「ああ。…行ってくるよ、大佐」
 いつの頃からか、別れの時に交わす言葉。
 互いに、次に会うことを願って、交わす言葉。
 そして、言葉の後にそっと唇を合わせて。

 離れる。

 それが2人の、次にまた会うための約束だった。