「……あの、王妃様」
「なあに、ウィンリィちゃん?」
馬車の中。
僅かに身体が揺れつつも、ウィンリィは気にすることなく話しかけた。
反対側に座っている、トリシャに向かって。
「―――本当に、これで良かったのですか?」
「これでって?」
「……エドを、この国に残したままで」
「―――いいんじゃない?」
深刻な顔をして尋ねたにも関わらず、トリシャの返答はいたって軽いものだった。その余りの軽さに、ウィンリィが拍子抜けしてしまう程に。
「でも……この国にいる限り、エドは王女として、いずれは皇妃として生きていかなくちゃならないんですよ?そんなの……」
「エドワード自身がそうしたいって言ってるんだから、仕方ないじゃない。無理に連れて帰ることは出来ないわ。…それに、国に戻っても、あの子は一生王女として生きていかなくちゃならないわ。たった一人で…いつ来るか分からない死に怯えながら…。ならば、全てを知って、受け入れてくれる伴侶の許にいる方が、どれだけ幸せじゃないかしら?」
「――――アルや私じゃ…支えにはなれないんでしょうか?」
「あなた達の存在は、エドワードにとって、とても心強いものだと思うわ。でもね。ウィンリィちゃん」
トリシャは優しく微笑みながら言葉を続ける。
「あなたとアルは近い将来、結婚して夫婦となるでしょう?そうしたら、互いが唯一の存在になるでしょうね。…取り替えなんて、絶対に出来ない存在に。―――エドワードも、そんな存在が必要なの。
あの子以外を望まない、あの子だけを愛してくれる存在が。そして…あの子も、唯一の存在が欲しいのよ」
その存在は、親子や兄弟、友人の関係とは次元が違う。
だから、例え親や兄弟の愛情で満たされていても、求めてしまうのだろう。
自分の、唯一の拠り所となる存在を。
「……それが、ロイ・マスタングという隣国の皇帝だったというわけですね」
「そうね。そしてあなたにはアル、私には陛下、なのよ」
「まあ、あのそつのない皇帝に任せておけば、エドのことは大丈夫でしょうね」
ようやく、ウィンリィは吹っ切れたようだ。明るい笑顔をトリシャに向ける。
「そうね。それにあの時約束したじゃない」
「あの時?」
「ほら、私があの子をエルリック王国に連れて帰らせてくれと頼んだ時よ」
「ああ…確か…
『エドワード本人が帰りたいと言ったら、私は止めません。だが、もし残りたいと言ったら…その時は私の皇妃として正式に迎えることを許して欲しい。そうなったら、生涯をかけて幸せにすることを誓いますから』
そう言いましたね」
「ええ。あの時の皇帝の顔がとても凛々しくて…惚れ惚れしてしまったわ」
「王妃様…そのこと、陛下には言わないようにしてくださいね」
「あら、私はエドワードの婿が、あんな素敵な人になってくれて喜んでいるだけよ」
と、少女のように頬を上気させて喜んでいるトリシャを見て、ウィンリィは小さくため息をついた。
「私……王妃様がこんなにリベラルなお人だとは、思ってませんでした…」
「あら、どういうこと?」
「だって、男同士での結婚を認めるなんて…」
「男同士だろうと何だろうと、認めるわよ。それが、エドワードの幸せに繋がるのなら」
きっぱりと言い切る。
「王妃様…」
「陛下も、きっと同じお気持ちよ。それにあの方のことだから…大事なエドワードを他国の男に取られて、意気消沈するかもしれないわね」
宥めるのが大変だわ、と肩をすくめる王妃を見て、ウィンリィは笑う。それから、ずっと考えていたことを口に出した。
エルリック王国に戻ることを決めてから、ずっと心に秘めていたことを。
「……王妃様。私、国に戻ったらもう一度、調べとみようと思ってます」
「―――何を?」
「王家に残る、呪いのことです」
「………」
トリシャは、真剣な眼差しをしているウィンリィの顔を、やはり真顔になって見つめる。
「代々の国王も、ずっと調べてきたのだと思います。それでもなお、謎は解けなかったのですから、私が調べてみても今更無駄かもしれません。でも、もう一度調べなおしてみたいんです」
「ウィンリィちゃん…」
「ほんの些細なことでもいい。何か引っかかるものが見つかれば…それが謎を解く突破口になるかもしれないんです。私はそう思ってます。だから……エドを助けるためにも…」
「ありがとう、ウィンリィちゃん」
そっと彼女の肩に手を置き、トリシャは礼を言う。
「そうね、戻ったら、もう一度調べなおしてみましょう。何か、きっと見つかるわ。だって、呪いは始めからあったわけじゃないもの。途中で生まれたものだから、きっと何かきっかけがある筈。その手がかりを見つけましょう…」
「王妃様……」
「――――それにしても、本当に、私って幸せ者だわ」
とても嬉しそうな笑顔に戻って、彼女はウィンリィに話しかける。
「え………?」
「だってそうでしょ?跡継ぎの息子には、こんなに可愛くて聡明なお嫁さんが来てくれて、隣国に嫁いだ子供には、あんなに素敵で統治能力も抜群のお婿さんがいるのだもの」
「…王妃様ったら」
ウィンリィも、彼女につられて笑ってしまう。
そうなのだ。エドワードのことは、取りあえず思い煩わなくても大丈夫だろう。傍らに、あの皇帝がいるのだから。
(だから……私は、私の出来ることをやろう…)
アルと一緒に、故郷の国で。
ウィンリィは、馬車の窓から見える、マスタング皇国の風景を見つめながら、心の中で誓った。
「行っちゃったな…」
王妃とウィンリィを乗せた馬車の姿が見えなくなるまで手を振っていたエドワードは、ぽつりと呟いた。
今は、王宮の玄関にいるので、王女としてのドレス姿でいた。
ライトブルーの華やかなそれは、エドワードの白い肌によく映えている。
「――――寂しいかい?」
「…全然寂しくないって言ったら嘘になるけど。でも、平気だ」
エドワードは、ロイに微笑む。
「リザさんが、オレのことを知ってくれてるから安心出来るし。それに――――ロイもいるから」
「エド……」
「だから、大丈夫」
そう言って、エドワードはロイに笑いかけた。
「皆に認めさせるような、立派な皇妃になってみせるからさ」
決して、ロイの足手まといにはならない。
例え自分に、逃れられない呪いが纏わりついているとしても、だ。
(…纏わりついているのなら、打ち消してやる…!)
そう易々と、呪いに命を奪われるものか。
今、最善のことをして、必ず生き抜いてみせる。
そう、エドワードは決意していた。
だから、ここに残った。
今、一番いたい場所だから。
ロイの隣。
それが、エドワードの望む『場所』だ。
「―――さあ!これから忙しくなるな!」
軽く伸びをして、呟く。
「エド…?」
「とりあえずは、勉強しなおしかな。この国の歴史、皇家の成り立ち…皇族・貴族の名前も覚えなくちゃいけないし…」
「それは…今までのお妃教育で学んできたことばかりではないのか?」
「んなの覚えているかよ!…あの時は、すぐにエルリック王国に帰ることばかり考えていたからさ」
真剣に学んでない上に、いろいろ悪戯も仕掛けていたから、知識は皆無だと言ってもいいだろう。
「だから、これから頑張る!ロイの皇妃に相応しいと言わせるためにもな!」
と言って、ロイに向けた恋人の顔は。
生気に満ちていた。
これからも、自分なりに精一杯生きていこうとする力の満ちた、鮮やかな命。
それが、エドワードだ。
ロイが初めて会った時と変わらない……。
だから、絶対に失わせない。
呪いなどという、馬鹿げたものになど、失わせてなるものか。
隣にいる人は、自分にとって最初で最後の『宝石』なのだから。
何が何でも、手に入れたいと思った……。
その宝を守るためなら、何だってする。
ロイもまた、決意していた。
「エド」
ロイにエスコートされて、宮殿内の廊下を歩くエドワードを呼ぶ。
「何…?」
呼ばれて、顔を上げると。
優しい笑顔を向けた、ロイの顔があった。
「――――二人で、生きよう」
静かな口調。
だけど、確信を込めて。
ロイの言葉に、エドワードはしっかりと頷いた。