Miss you… -22-
人の気配。
それは、エドワードが来ている時に感じていたものとは、全く別のものだ。
(…しかも複数か)
それらが皆、殺意を剥きだしにして近づいている。
(この場所が…見つかってしまったか)
ようやくと言っていいだろう。
ロイの命を狙っている者達は、彼が潜んでいるこの大きな虚の存在に気づいたのだ。
(しかし、しつこい奴等だな。二日間以上も森の中を探していたとは…)
余程、依頼者からの報酬が良かったのだろうか…という考えが脳裏をよぎったが、今は悠長に考えている暇はなさそうだ。
「―――エドワード」
「…何?」
急にロイの声が硬くなったことに、エドワードも気づいたようだ。
顔から、笑みが消えてしまっている。
「…私が良いと言うまで、この中から決して出てはいけないよ」
「えっ…どういうこと、それ…?」
「今は詳しいことを説明している暇はない。いいね、絶対に出てくるんじゃない」
「う、うん……」
厳しい声で諭されて、エドワードはこくりと頷くしかなかった。
「……いい子だ」
ロイはそっとエドワードの金糸に触れ、虚の外をそっと窺う。
(…ここが怪しいとは思っているようだが…確信しているわけではなさそうだな)
少し離れた場所で、こちらの様子を見ている気配が感じられる。しかし、すぐに攻撃してくるようでもなかった。
(―――それならば…!)
相手が油断している隙を狙って、先手必勝とばかりに、ロイは手袋をはめた。
そして、
「いいか、絶対に出るんじゃないぞ!」
傍にいてロイの行動を見つめているエドワードに、再度念を押してから、右手を虚の外に向けて伸ばし……
指をこすった。
「えっ……!」
エドワードの瞳が、驚愕で見開かれる。
指から火花のようなものが出た直後、少し離れた茂み
に焔が突如として起こったからだ。
そして、焔を纏った男が一人、悲鳴をあげながら踊っているかのように飛び出してきたのだ。
「ロイ……!」
それを合図に、隠れていた暗殺者達は、一斉に姿を現した。
ロイも、虚の外に飛び出す。
飛び出しざま、また一人、焔の餌食とした。
「すごい…!あれが、あの錬成陣の力なのか…」
エドワードは、目の前で繰り出される焔を見ながら、感心したように呟く。
「周囲の酸素濃度を調整した上で、火花を発しているのか…。すごい錬金術だ…!」
マスタング皇国は、どちらかといえば錬金術を余り取り入れていない国だという認識が強かっただけに、ロイの錬金術師としてのレベルの高さに驚いていた。
(それに……)
エドワードは、食い入るように外で起こっている戦いを見つめている。
形勢は、明らかにロイの方が有利だ。
彼の場合、近くにいなくても焔によって攻撃が出来るので、ただ立っているだけでもいいのだ。対して刺客達は、ロイの懐に飛び込まないと斬り殺せない。
しかしそうしたら、先に焔を食らってしまうのが目に見えているだけに、誰も近寄ることが出来ずにいのだ。
「……綺麗…」
ロイの放つ焔は、なんて綺麗なのだろう。
鮮やかな紅い焔。
それはまるで、ロイ自身のようにも見えた。
エドワードが更にじっと見ようとして、ほんの少し腰を浮かした時。
虚の外から、太い腕が伸びてきて。
「―――――っ!」
声を上げる間もなく中から引きずり出されてしまった。
「……ほほぉ、これはこれは。こんな田舎には珍しいくらいの、可愛いお嬢さんだな」
「………!」
毛むくじゃらの、よく日に焼けた男が、エドワードを抱き上げていた。
それが、今ロイを狙っている奴等の仲間だと瞬時に判断したエドワードは、すぐさま男の腕から逃げようと暴れ出す。
「おおっと、あんたみたいなおチビさんが、逃げようとしても無駄だぜ」
「―――チビって言うな!」
怒ったエドワードが宙に浮いた状態の足をばたつかせるが、それは男を楽しませるだけのようだった。
「……エドワード!」
ロイがすぐさま焔を出そうとするが、それは男の言葉によって止めざるを得なかった。
「おっと、いいのか?今焔を作ったら、この小さいお嬢さんも丸焼けだぜ」
そう言いながら、自分の前にエドワードをかざす。
「………っ」
ロイはキッと男を睨みつけたが、焔を発することはしなかった。
男の言うとおりだからだ。
いかにロイが、錬金術によって酸素濃度を調節できるとしても、あれ程にエドワードと男が接近していたら、エドワードに被害を及ぼさずに焔を作り出すことなど出来ない。
そのことを知って、男はエドワードを盾としているのだ。
「…さあ、この子を助けたかったら、その変な手袋を外してもらおうか」
「…ダメだ、ロイ!外しちゃダメだッ!」
男の言葉を聞いて、エドワードは叫ぶ。
ロイが手袋を外す時。彼等は一斉に斬りかかることくらい分かりきっていた。
「絶対に外すな、ロイ!」
「うるせえっ、このガキ!」
腕の中で叫ぶエドワードに業を煮やした男が、エドワードに殴りかかろうとする。
「エドワード…!」
「オレのことは気にするな!自分の身くらい、自分で守る!」
叫ぶやいなや、エドワードは自分の胸の前で、両手を合わせて。
「な、何だ、このガキ!」
エドワードの合わせた手から光が発せられ、すぐさまその手を男のシャツに当てたのだ。
すると服が途端に紐状になり、それはシュルシュルと音を立てて男の体に巻きついて、拘束してしまったのだ。
「…エドワード…」
突然の不可思議な光景に、他の刺客達も驚いていたが、ロイも驚いていた。
(医術だけでなく、錬金術も…!)
流石、錬金術にも長けている王家の姫君だとしか言いようがない。だが彼女は、その中でも更に優れているに違いないだろう。
「…ロイ、危ない!」
エドワードの声にハッと我に返ると、剣をふりかざして襲い掛かってこようとする男が目の前にいた。だが、すぐさま焔で応戦する。
「ギャアアア…!」
体を焔が包み込み、のた打ち回る。
(あと…一人!)
残る刺客はただ一人だった。
それに、エドワードも土を高い壁に錬成して、焔が森に広がるのを防ぎ、また彼等の退路を塞いでくれている。
「…ロイ!少しは手加減しろ!森が燃えたらどうする!」
エドワードが叫ぶ。
少女は、壁を錬成しつつも、未だ服を燃やしている刺客達の周囲の酸素濃度を調節して、火を消そうとしていた。
「……殺さない程度には、手加減しているのに」
心外だとばかりに呟くが、その言葉はエドワードには届いてないようだったので、仕方なく自分の戦いに専念することにした。
――――この戦いが終わるのも時間の問題だろうと思われた。
だが、勝機はないとわかっていても、男は攻撃を仕掛けてくる。
残った最後の一人、この男達のリーダーのような男が、ロイの前に出てきた。
「…もう諦めろ。おまえ達に勝ち目はない」
「そう言われても、素直に帰れない事情がこっちにはあるんでね」
男は、苦笑を浮かべて答える。
「負けて逃げ帰ったら、口封じに殺されるとでも?」
「まあ、そんなとこだ。だが、ここで死ぬ前に、一矢報わないとな。やられっぱなしは性に合わん」
そう言って、唸り声を上げながら、ロイに飛び掛ろうとした。
「愚かな…」
ロイは男の前で、指を弾く。
火花が飛び散り、男の身体を焔が包み込んだ。
そのまま、戦意を喪失し、地に倒れ伏すのを見計らって、焔を消そうとしたのだが。
男は突然、くぐもった声を漏らしながらも、焔に包まれたままで走り出したのだ。
その予想外の行動に、咄嗟の動きが止まってしまった。
そしてそれが。
ロイを激しく後悔させる結果を生み出してしまった。
か細い悲鳴が、森の中に響く。
ロイは、目の前で起きたことが、信じられずにいた。
ほんの少し、動きを止めた隙に。
焔に包まれた男は、壁を錬成していたエドワードに突進したのだ。
自分の錬金術に集中していたエドワードは、男の存在に気づくのが遅れて。
「エドワード……!」
ロイも叫ぶ。
すぐさま、焔を消す。
男によって巻き込まれ、エドワードが包まれてしまった焔を、急いで消した。
「エドワード…エドワード!」
男の身体を飛び越えて、倒れ伏したエドワードに近づき、抱き起こす。
一瞬でも焔に包まれた身体は、ひどい火傷を負っている。焼け焦げたドレスからは燻った匂いが出ていた。
「エドワード…!」
何度呼んでも、ぐったりとして意識を戻さないエドワードの身体を抱えて、ロイはとりあえず例の虚の傍まで運んだ。
そして、苦しそうに荒い呼吸を繰り返しているエドワードの火傷の具合を見る。
奇跡的に、顔の部分は髪の端が少し焦げているくらいで済んでいたが、他はひどい火傷を負っているようだ。このまま放っておいたら、間違いなく死んでしまう。
「どうすれば……」
ここには、エドワードの持ってきてくれた傷薬くらいしかない。
まともに治療できる状況ではないのだ。
「エドワードの言っていた村に、連れて行くしかないか…!」
その村まで行けば、何らかの治療が出来るかもしれない。
『錬金術師の村』なのだから。
よそ者は村には入れないといっても、緊急事態だ。
それに、瀕死の重傷を負っているのは、この国の王女だし、村へ入れてくれないということはないだろう。
「…とにかく、急がねば!」
ロイは、エドワードの小さな身体を抱き上げて、森の中を走る。
エドワードが苦しそうに呻く声を聞きながら、ただひたすら走った。
この少女を助けるために。
「すまない……すまない、エドワード…」
己の騒動に巻き込んでしまった、腕の中の小さな少女に謝りながら、走り続けた。
小さな……大切な命を失いたくないと思い。
助かってくれるようにと祈りながら。
森の中を走り続けた。
