鮮やかな光、だった。
ロイには、そう見えた。
蜂蜜を溶かし込んだような金の髪。
そして、自分を見つめている太陽の光のような黄金の瞳。
この世の美しいもの全てを表したような、少女。
そんな子供が、突然ロイのいる虚を覗き込んでいるのだ。
ロイは一瞬眩しく感じて、瞳を細めた。
「…あんた誰?ここはオレの秘密の隠れ場所だ」
淡いピンクのドレスを身に纏った少女は、その姿には相応しくない乱暴な言葉遣いで言い放ち、虚の中に入ってきた。
「……私は……」
その、恐らく十歳になったかそこいらの少女を、どう言い含めようかと思考を巡らせていると。
「…あんた、怪我してるじゃないか!」
「しっ、静かに…」
いきなり叫ぶ少女の口を手で押さえ、ロイは慌てて宥める。
「大きい声で話さないでくれるかな?」
「―――どうして?それより、あんたひどい怪我してるんなら、急いで手当てしないといけないんじゃないか?なのに何故、こんな場所にいる?」
「それは……」
ロイは言いよどむ。こんな小さな少女に、自分の置かれている状況を一々説明しても、きっと分かってもらえないだろう。
こうなったら、適当に言い訳をして、さっさとここから出て行ってもらおうと決めたロイの目の前で。
じっ……と彼の顔を見ていた少女は、今度はひそひそと小声で話し始めた。
「―――どうせ、ちんけな奴にいきなり命狙われでもしたんだろ?おまえを殺したら、得になりそうだと軽く考えた馬鹿な奴にさ」
「―――え…?」
ロイは息を飲む。
こんな幼い少女が口にする内容ではないからだ。
「おまえ、ここら辺初めてみたいだけど、ほら、ここって国境間際だろ?おまけにこんな深い森だから、いざこざ起こしたい奴がよく潜り込んでくるんだ。ここだと人一人殺しても、なかなか見つかりにくいしな。…たまに夜盗とかも潜んでいることもある」
「……そんな場所を、君は一人で来ているのか?」
こんな幼い、口は悪いがとても可愛い少女が一人でうろつく場所ではないことを知ったロイは、きつい調子で咎める。
「オレは平気だよ。大体、オレの母さんの生まれた村は、ここから歩いてすぐの所にあるんだからさ。この森は庭みたいなもんだ」
「だが……!」
よくその村が、夜盗達に襲われないものだと、ロイは不思議に思った。
「母さんの生まれた村は、『錬金術師の村』だから、迂闊に踏み込むと返り討ちにあうことくらい、奴等もよくわかっているんだ。だから決して襲ってこない。襲わなかったら、オレ達も森の中での奴等のことは関知しない。それがこの地域の不文律となっているんだ」
「『錬金術師の村』……」
ロイはそっと、自分の手にあるそれを見た。
常に携帯している手袋。
それの甲に当たる面には、文様のようなものが描かれてあった。
「…あっ、それって…ひょっとして錬成陣?」
少女が目ざとくその文様を見つけ、尋ねてくる。
「―――ああ」
やはりこの子も、錬金術を知っているのだとロイは確信した。
錬金術師の村に住むのだから当然だろうが、それでもこれが錬成陣とすぐさま分かるところを見ると、この少女も錬金術を学んでいるのだろう。
「へえ…見たことがない錬成陣。何が出来るんだ、これで?」
錬成陣は、普通何か目的を持って描かれる。手袋に描かれているそれがどういう働きをするものなのかと、少女は興味津々とばかりに問うてきた。
「…残念だが、今は見せられないんだ」
「どうして?」
「これが、濡れているからね」
苦笑して、手袋を示す。
「………?ま、いいや。乾いたらまた、見せてくれよな」
ロイの答えに首を傾げつつも、少女はあっさりと諦めたようだ。言いざま虚から出て行こうとする。
「家へ…戻るのか?」
その方がいい、とロイは思った。いつまでもここにいては、刺客達が戻ってきた時に巻き込まれてしまう。
村の人間には手を出さないという掟があるとしても、それを守る奴等かどうかは分からないのだから。
だが、少女は、ロイの意に反した答えを言ったのだ。
「とりあえず家に戻って、傷薬持ってくる!おまえのその怪我、薬がないとなかなか治らないだろうから」
「え……!お、おい……君…!」
慌てて呼び止める。
再度ここに来るなど、とても危険だ。
もう自分のことは放っておいてくれと言おうとしたのだが。
呼び止められて振り向いた少女は、キッとロイを睨みつけた。
その眼差しは、とても子供のものではなくて。
金色に輝く瞳に、ロイは一瞬見惚れた。
「おい、おまえ、名前は?」
しかしその愛らしい口から出てくる言葉は、相変わらず乱暴なもので、それだけは違和感が拭えなかった。
「え……?」
咄嗟の質問に、ロイは戸惑う。
「名前。おまえの名前を聞いてんの!」
「あ、ああ……。ロイ、だ」
何となく、馬鹿正直に答えてしまった。流石に、姓までは名乗れないが。
「ロイ、か。んじゃロイ、ちょっと行って来るから、そこにいるんだぞ!」
「しかし―――!」
あくまで少女は戻ってくるつもりのようだ。
「待ちたまえ、君……!」
「それから」
ロイの再度呼び止める言葉を聞いて、少女は振り向きざまきっぱりと言いきった。
「それから、オレの名前は君、じゃねえ!オレは、『エドワード』だ!」
そう言い置き、小さな身体でドレスの裾を翻しながら、全速力で走っていった。
呆気に取られているロイを、虚の中に残して。
「……『エドワード』?」
何とも、少女らしからぬ名前を呟き、ロイは少女が走り去って行った森を見つめていた。
「ロイ!いるか?」
少女――――エドワードはそう呼んでから、虚の中に入ってきた。
今日は、淡い黄色のドレスに身を包んでいる。その良く似合っている愛らしい姿に、ロイは微笑んだ。
「ああ、いるよ」
「傷の具合はどうだ?」
「昨日より大分良くなった。あの薬はよく効くな」
そう褒めると、エドワードは嬉しそうに笑う。
「だろ?だって母さん直伝の万能傷薬なんだぜ!」
「ああ、そうだな。お陰で助かったよ」
ロイは、本心からそう思っていた。
ロイと少女―――エドワードが初めて会った時。
彼女は、一度は村へと戻って行ったが、すぐさま再びロイのいる虚を訪れたのだ。
その手には、いくつかの薬の入った瓶と、紙袋を携えて。
「ほら、傷見せてみろ」
エドワードは有無を言わさぬ口調で言い、仕方なくロイは斬られた傷を見せ、暫し凝視していた少女はその後すぐさまてきぱきと治療を始めたのだ。
「この分だと縫う必要はない。この塗り薬をこまめに塗っていれば、三日で治る筈だ」
と言いながら、少女とは思えないほどの手際の良さで、消毒を済ませ、傷口に薬を塗る。
「…三日で治るというのか?」
傷口に薬が沁みて、顔をしかめつつもロイは尋ねた。こんな深手が、縫うこともなく薬だけで短期間に治るというのかと、疑問に思ったからだ。
「…エルリック王国の医療技術をなめるんじゃない」
エドワードは腕に包帯を巻きつつ、きっぱりと言い切る。
「―――そうだったね…」
ロイも思い出した。
ここが、エルリック王国の領内だということを。そしてこの国の医療技術が、錬金術を元に発展して、他国のそれより遥かに高いものだということを。
「すまなかった」
「…分かってくれたんなら、それでいい」
素直に謝られて、エドワードは照れくさそうに呟いた。
「はい、手当て完了!後はきちんと栄養取って休むことだな。というわけで、これ」
そう言って、ロイに紙袋を差し出した。
「これは…?」
「食べ物が入ってる。好き嫌い分からないから、適当に持ってきた」
「……ありがとう」
袋の中を覗き込むと、パンや水の入った瓶、果物やチーズ等が詰め込まれていた。
「患者の栄養管理も、医者の務めだからな」
「…エドワードは、医者になりたいのかい?」
「なりたいっていうか…そうなるように決まってるっていうか…」
(医者の家系なのか?)
曖昧な答えを聞いたロイは、そう考えた。だがそれ以上深く聞くのは止める。
「そうか。きっといい医者になれると思うよ、私は」
「…だといいけどな」
口ではそう言いつつも、褒められたのは嬉しそうだ。
「…ほんとはロイを俺ん家に連れて行きたいんだけど…。こんな暗い所じゃ、傷の治りが遅くなるから…」
「……よそ者は、村に入れない方がいい」
ロイはきっぱりと断る。
もし自分がエドワードの村にいることが知れたら、あの刺客達が村を襲ってくるかもしれないからだ。助けてくれた上に、これ以上迷惑が掛かるのは何としても避けたかった。
「うん…。あの村、よそ者は入れないと決めてるから…。ごめん…」
「エドワードが謝らなくてもいい。私は十分、感謝しているよ」
袋からパンを取り出して、食べ始める。空腹を感じ始めたということは、身体が回復しようとしているのだろう。
「…しかし、こんな食事をこっそり持ってきても大丈夫なのか?」
よそ者を近づけない村で、こんなにたくさん食料を持って歩いたら不審がられるだろうにと、ロイは心配していた。
だが、エドワードはあっさりと言いきった。
「ああ、その点は大丈夫。怪我をして動けない犬に持って行くって言ってるから」
「――――犬……」
「そう!黒くて大きい犬。でも人懐こそうだと言ってるから、誰も変に思っていないよ」
「そ、そうか…」
乾いた笑いを漏らしながら、ロイは再び食べ始めた。
こんな話、ヒューズ達には聞かせられないと考えながら。
次の皇帝最有力候補が、エルリック王国の片田舎で犬にされてしまったことなど。
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