「……王妃様は無防備過ぎます!」
「あら、でもここまでの道中、危険なことは何もなかったわよ?」
ウィンリィの叱る声にも、トリシャはきょとんとした顔でのんびりと答え、手に持っていたティーカップをソーサーに置く。
いつまでも、隣国の王妃を立たせたままでは流石にまずいということで、その場に急ごしらえではあったが、お茶の席が設けられた。
そこで、まるで自室でのティータイムかのようにゆったりとした調子で、トリシャはお茶を楽しんでいるようだった。
「それは偶然です。王妃様がいると分かったら、どうなっていたことか…!」
「心配ないわ。一応用心して、馬車とかドレスとかは、地味なものにしたから」
確かに、この宮殿に乗り付けてきた馬車も、王族が乗るものしては装飾もなく質素なものであったし、第一に目の前に立つ女性の服装からしても、とてもではないが一国の王妃のものではなかった。
かといって、質の悪いものではなく、ただただ地味なデザインのものを身に纏っていたのだ。その上、目立つ装飾品は一切身につけていないので、ロイも、まさかこの美しい女性が、エドワードの実の母である王妃だとは思ってもみなかった。
「それにしても……」
王妃―――トリシャの余りに無謀な行動に、なおもウィンリィは渋い表情をしていた。
「よく、国王陛下が許してくださいましたね?」
あの、王妃をとても大切にしている国王が、警護の者も殆どつけずに送り出せたことだと、ウィンリィは不思議に思っていた。
いくら、エドワードの容態が心配だとは言っても、王妃がお忍びで、しかも単身他国に乗り込むなど、前代未聞のことだろう。
エルリック王国にしても…マスタング皇国にしても。
「あら、陛下は快く送り出してくれましたわ」
だがトリシャは、笑顔のままであっさり答える。
「少しは心配なさってましたけど、最後は『…まあ、トリシャなら大丈夫だろう。マスタング皇国の皇帝も、ちゃんと帰してくれるだろうから』って仰ってましたし」
笑みを絶やさずに、トリシャはあっさりと言ってのけた。その、余りに楽天的な言葉に、言った当人よりも言われた方が『大丈夫か?』と心配してしまう。
「このまま拘束されて、人質にされてしまうとは考えられなかったのですか?」
普通、そう考えるのが妥当だろう。
「あなたは、国対国では最も価値のある手駒にもなりかねないのですよ?」
一国の王妃。
それを人質に取られれば、一国の存続自体を揺るがす事にもなりかねないことくらい、王妃たる者心得ている…筈だ。
しかし、目の前の女性は。
ふっ……と慈しむような眼差しをロイに向けると、柔らかい声で答えた。
「―――あなたは、そんな事をする人ではないことくらい、分かってますわ。だって、あなたは以前と全く変わってらっしゃらないもの」
「え………それはどういう…?」
ロイは、彼女の言葉を聞き咎める。
「私とあなたは、今が初対面の筈ですが」
他国の王族同士が会うことなど、滅多にないことだろう。ましてエルリック王国とマスタング皇国とでは、これまでずっと王族同士の交流は全くなかったのだ。国民同士では、あるにしても。
「いいえ。私は、あなたを拝見しましたよ」
だがトリシャは、きっぱりと否定する。
優しさを湛えた瞳を、ロイに向けたままで。
「……五年前。リゼンブールの森の中で」
彼女の言葉を聞いた時、一瞬ロイの顔が強張る。
「え……リゼンブールって、王妃様のお生まれになった…」
「ええ、そうよ。ウィンリィちゃんも何度か行った事があるわよね。マスタング皇国との国境に近い、自然が豊かなだけが取柄の小さな村なんだけど…私にとっては大切な故郷なのよ」
「…でも…そこの森で皇帝陛下とお会いになったって…?」
ウィンリィは、トリシャとロイを交互に見る。
相変わらず優しい微笑を浮かべているトリシャと。
対して、厳しい表情をしているロイとを。
「………あなたは…」
暫くして、ロイは低く、振り絞るような声で呟いた。
「……あなたは、ご存知なのか?あの件を」
その問いに対し、トリシャはゆっくりと頷く。
「ええ……。だって、半死半生のエドワードを助けたのは、他ならぬ私ですから…」
「あなたが……!ではやはり、エドワードは…あの子は死ななかったのですね?」
「ええ。今、ここにいるエドウィナ姫。
あの姫が、あの時のエドワードなのですから……」
トリシャは、きっぱりと言い切った。
「――――もう、五年もたつのね…。あの時から…」
遠くを見つめるような眼差しをした彼女は、その時のことを思い出しているようだった。
(もう……あれから五年も…)
ロイも、過去に思いを馳せる。
今、自分がここにある始まりとなった、あの時のことを。
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