「……どうして…」
口から漏れた声は、その言葉を形作っていた。
ずっと、嘘をつかれていた。
騙され続けていた。
自分だけではなく、国全体をも騙していたのだ。
隣の小国の王族は。
しかし、ロイの心を襲ったのは、怒りではなく。
「……何故、王女と偽っていた?」
エドウィナ姫が、隠していた事実に対する疑問だった。
「―――確かに、子供の頃は男の子を女の子として育てれば、その子は病気もせずに健康に成長するという謂れもあって、現に実行する親もいる。だがそれも、子供がある程度成長したら止める風習だ。なのに君は…そこまで成長しても、ずっと性を偽っていたというのか?」
しかも、他国の皇帝が求婚してきてもなお、本来の性を公表することもなく、その国へと送り込んできたのだ。
「……君が以前、悪行三昧をしたのも、この秘密のためか?」
その問いに、エドワードはそっと頷く。
「成程な。素行の悪い姫君という評判を立てて、この国から追い出されようとしたというわけか…。しかしどうしてそこまでする必要がある?結婚を申し込まれた時にでも、実は男だったと言えば、わざわざここまで来ることなく、結婚話も立ち消えになっていただろうに…」
王女として育てていた理由も、先刻のことで大概納得してくれる筈だ。
第一、申し込んだロイ自身、最初にそうと分かっていれば結婚話自体を帳消しにしていただろう。
なのに、その秘密を持ったまま王女としてマスタング皇国に入るとは……。
だが、目の前の王女は、ロイの疑問に対してなかなか答えようとはしなかった。
ぎゅっと唇を噛み締めて、俯いたままだ。
「…やれやれ、我が国もなめられたものだな。偽りの王女を迎え入れて、それに振り回されるとは…」
ため息をつき、ロイはぼやく。
「振り回してなんか……」
「男だと隠して、皇妃候補として入国すること自体、振り回していることにはならないのかね、姫君?」
「それは――――」
エドウィナ……エドワードは彼の指摘に何も言い返すことが出来なかった。
ロイの言っていることは、全て事実なのだから。
だが、真実ではない。
それは分かっているのだが、エドワードは躊躇っていた。
事実の奥に隠されている真実を、果たして語ってよいものか…と。
語って、彼が納得してくれるのかも、不安だった。
そのために逡巡しているエドワードを見つめていたロイは、一向に話そうとしない彼の態度にいらつき始め、冷たい声で言い放ってしまった。
「……まあ、理由など今更どうでもいい。君達エルリック王国の国王一家が、我々を騙していたのは消すことの出来ない事実なのだからな。それで我が国と友好関係を保とうとは思わぬことだ」
「そんな―――!」
ロイの言葉に、エドワードはハッと顔を上げて彼の顔を見る。
そして、その表情に、自分への……ひいてはエルリック王国への怒りが宿っていることに気づいた。
「…我々を騙していた罪を、国全体で償ってもらおうか。…例えどんな理由があるにせよ、だ」 王子を王女として潜り込ませた。
それだけでも、侵略して国力を上げるべきだと主張する急進派には、格好の攻撃理由となるだろう。
しかし、大国の力を誇示して、戦いによる占領を繰り返すべきではないと常日頃主張しているロイは、その派閥を懸命に抑えていた。
今回の結婚も、そのためのものだという理由をつけたのだが、彼の努力も、どうやら今回ばかりは無駄骨になりそうだった。
それに、ロイ自身が止めようとは思っていなかった。
(…せっかく、ここまでお膳立てして、君の国を守ろうとしたのに)
全てが、水泡に帰した。
国を治めるべき、王家の人間の手によって。
「…君は、二度と自分の国へ帰れるとは思わぬことだ」
「――――!」
ロイの宣告に、エドワードの肩が激しく震える。
「…尤も、その国とやらも、いつまで存在できることか…」
「……侵略するつもりなのか?」
青ざめた顔をして、見上げる。その縋るような眼差しを、ロイは黙殺しようとした。
「君達は、それだけのことをしでかしたということだ」
「そんな…!国民には何の関係もない!」
「民衆は関係ないだろうね。騙されていたのは同じなんだろうし」
「だが攻め入れば、彼らにも犠牲が出てくる!」
戦争が起きて、真っ先に犠牲になるのは力のない民衆だ。
それだけは、何としても避けなければならない。
国を統べる者の一端として。
「お願いだ…!エルリック王国を攻めるのだけは止めてくれ!罰なら…オレが受けるから!」
「君を罰しても、何も得るものはない」
素っ気無く言い放つロイの目の前に、エドワードは分厚い紙の束を差し出した。
それにはびっしりと、文字や図面のようなものが書かれていた。
「これは……オレの知る限りの、エルリック王国の国王直系に代々伝わる、錬金術の全てを書いたものだ。これを…渡すから。それと――――」
エドワードはそっとソファに置かれたガウンのポケットから、隠し持っていた黄金の短剣を取り出し、窓際へと駆け寄る。
「……何をするつもりだ…!」
「来るな……!」
短剣の存在に気づき、慌てて近寄ろうとしたのだが、エドワードの悲鳴のような声に、遮られてしまった。
「…それだけじゃ、オレの罪は償えないってことくらい分かってる。だから……自分の罪は自分の命で償うから……」
言いながら、そっと短剣を己の前に差し出した。
「……その剣は…!」
ロイは、エドワードの手にある短剣を見て、驚愕の声を上げた。
正確に言えば、その剣の鞘。
鞘の中央に彫られた、文様を、ロイは注視していたのだ。
それは、彼自身、とても馴染みのあるものだったから。
(あれは…あの錬成陣は……!)
あの錬成陣は、彼女だけが知っていた。
彼女が、私だけに教えてくれた。
私を守護するものだと言って。
彼女は、あの剣をとても大事にしていた……。
そしてそれは…私に託されて……
『…この剣は、君と私を繋ぐ証だ』
『証……?』
『君がこれを持っていたら…どこにいても、どんなに時がたっても、君だと分かるからね』
『―――なら、ずっと持ってる!ロイがオレだとすぐに分かるように!』
―――その後、あの子は死んだ筈だ。
焔に包まれて。
自分の、過ちによって。
苦しんで苦しんで…死んだ筈だ。
その時に…あの剣も失われた筈だ。
なのにどうして―――その剣がここにある?
あの子と瓜二つの…彼が持っている?
「―――まさか…!」
ずっと、不思議に思っていた。
何故、こんなにも似ているのか…と。
同じ一族だから、似ているのも当り前だと思い込んでいたが、何となく腑に落ちなかった。
それはまるで、パズルの最後のピースがはまらず、何となくもやもやとした感覚で。
過去の自分の記憶の中でも、それと似たような感覚が残っていることに、今やっと気づいた。
「……まさか…君は………!」
確かめたくて、目の前の小柄な少年に近づこうとした。
だが、その直後。
エドワードは、短剣を鞘から抜いたのだ。
そのまま、光を受けて鮮やかに輝く刃を、己の胸に向ける。
「―――止めろ!」
ロイの叫ぶ声が聞こえたが、エドワードは止めようとは思わなかった。
「オレの罪はオレ自身で償うから……。だからどうか、他の人は許して…!」
何もかも、オレのせいだから。
他の人は……国民も、ウィンリィも、アルも、親父も……母さんも、関係ないから。
だから……。
その時、エドワードは再び思い出した。
エルリック王国を発つ直前。
この剣を渡してくれた時の、母の言葉を。
『……この剣は、きっとあなたを守ってくれるわ』
『あなたが、これが必要だと思った時にだけ、これを使いなさい。そうすれば道は開ける筈よ』
ごめん、母さん。
こんな使い方をするなんて…。
でも、そうしないといけないから――――
「…バカな真似は止めろ!」
叫び、ロイが駆け寄ってくる。
それに気づいたエドワードは、勢いよく剣を自分の胸に向けて突き刺そうとした。
刃の先が、エドワードの胸に刺さる瞬間。
「―――止めろ!エドワード…!」
「え――――?」
ロイの声に反応したかのように、短剣の刃が光る。
その光は、少しずつ何かの形を作り上げていき……。
「な…に…?これ……」
突き刺す状態で、動きを止めたエドワードの瞳に飛び込んできたのは。
「錬成陣…?」
刃には、光で描かれた錬成陣が浮かび上がっていた。
それは、エドワードも見知ったものだった。
「鞘と同じ…錬成陣…」
刃に浮かび上がる光の錬成陣も、それが納まっていた鞘に描かれたのと全く同じものだったのだ。
「どうして――――」
いきなりの不可解な現象に、エドワードが微動だにできずにいると。
錬成陣からの光が、突然その光量を増し。
「え………!」
見る間に眩しい光が、エドワードを包み込む。
だがその光を、何故だか暖かいと感じたエドワードに、それに対する嫌悪感はなかった。
そう、それはまるで……
(母さんに…抱き締められているみたい…)
暖かい、お日様のような温もり。
それに包み込まれた時に、もう一度、彼女の声が頭の中に響いてきた。
『あなたが、これが必要だと思った時にだけ、これを使いなさい。そうすれば道は開ける筈よ』
「……母さん…」
エドワードが目を閉じ、呟いた直後。
『それ』はやってきた。
エドワードを包み込んだ光の中から、一気に。
エドワードの頭の中に。
心の中に。
記憶の中に。
一気に、流れ込んできたのだ。
「…あああああっ…!」
「エドワード…!」
ロイの目の前で、突然光に包まれていたエドワードが絶叫する。
しかしすぐさまその光が、まるでエドワードに吸い込まれるかのように消え去り。
残されたのは。
剣を握り締めたまま、意識を失って倒れ伏しているエドワードだった。
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