「――――来てくれて、ありがとう」
夜。
指定された時刻に、王女の居室を訪れてみれば。
そこには彼女しかいなかった。
普段は常に付き添っているウィンリィの姿もなく、それがロイには少し不思議に思えた。
「……ウィンリィ殿は?」
「もう下がらせた。今日は、二人だけで話をしたかったから…」
と言いつつ、ロイに席を勧める。
それに応じて、ロイはソファに座った。
「…お茶でもどう?」
茶器を用意しながら尋ねる。
「いただこうかな」
その後は暫く、茶器を動かす硬質な音だけが、室内に響く。
(親友のような侍女を下がらせてまで、話したいこととは…)
ロイには見当がつかない。
以前も彼女が望んだ、故国への帰還についてのことかとも思ったが、すぐに否定した。それならば、ウィンリィがいても構わないだろう。
(かといって、艶っぽい話でもなさそうだし)
ロイから見れば、エドウィナ姫はまだまだ子供の域に入る。
だから、取り敢えずは将来の皇妃として、正式な婚約だけはしておいて、結婚式はもう少し後にしようと計画を立てていた。
そのことも、今夜機会があれば彼女に告げて、承諾してもらえれば…とも考えていたので、彼女からのお誘いは、丁度良いタイミング、だったのだ。
だから、言い出せるタイミングを計っていたのだが。
エドウィナ姫は。
自分が淹れたお茶に手をつけようともせずに、黙ったままだった。
ロイの前に座って、少し俯き加減で、自分の膝の上でぎゅっと握り締めた手を見つめている。
「……エドウィナ姫」
暫く待っても口を開こうとしないので、ロイの方から切り出した。
「…今夜、お話があるということで、こちらに伺ったのだが」
その声に、彼女の肩が少し震えるのを、ロイは見逃さなかった。
「う、うん…」
彼女はこくりと頷くが、その先に進もうとはしなかった。
「姫君の方から言いにくいのだったら、まず私の話から始めようか?」
「……ロイの話?」
離宮で過ごした後から、エドワードは『ロイ』と呼ぶようになっていた。『陛下』は仰々しいから止めてくれ、とロイに言われたからであるが、エドワード自身も、『陛下』と呼ぶのは慣れていなかったのですんなりと彼の頼みを受け入れたのだ。
「ああ。これは君にも、関係があるのだけれどね」
「オレ…にも?」
「そう。君の将来のことも含まれているから…」
と言ってエドワードに微笑む。
その様子から、ロイの話の内容が漠然とだが分かってしまい、エドワードは慌てて続きを話そうとするロイを遮った。
「それなら…オレの話を先に聞いてからにしてくれないか?」
「君の?」
「うん。オレの話を聞いてから…言ってくれよ」
「―――分かった」
ふわりと微笑む王女を見て、ロイは承諾する。
(…きっと、オレの話を聞いたら、言いたくなくなるだろうけれど…)
心の中で寂しく呟き、一回、深く息を吐いてから、再び目の前にいるロイの顔を見た。
(……どうか…どうか、最後まで言えますように…)
祈るように心の中で呟き。
エドワードは口を開いた。
「―――オレには、ずっと隠していたことがある…」
声が震えるのを懸命に押し隠して。
逃げ出したい衝動に駆られるのを堪えて。
エドワードは、ロイに対峙したまま、話を続ける。
「オレと…オレの一族のことで、ずっと隠し続けてきたことがあるんだ」
「…隠し続けてきたこと?」
ロイは訝しげに尋ねる。
この目の前の少女は、一体何を言おうとしているのか…?
ロイの胸中に、得体の知れない不安が巣食い始めていた。
「そう。オレの…エルリック王家に関わる重大な秘密。国民も知らない…ずっとずっと秘められてきた事があるんだ」
「――――それは…?」
ロイは先を促したが、すぐさま聞いたことを後悔もした。
聞いてはいけない。
そんな警鐘が、本能的に鳴っていた。
だが、一方で、聞かなければならないという思いもあった。
相対する感情の狭間で揺れていたロイに、決着をつけさせるように、目の前の王女はゆっくりと立ち上がり。
「……オレの秘密」
ガウンを脱ぎ落とし。
部屋着であるゆったりとしたデザインの、淡いピンクのドレス姿になった。
それから。
「エドウィナ姫…何を…!」
驚きの声を上げるロイなどいないかのように、ドレスの前ボタンを外してゆく。
「やめなさい…!」
上から順番にボタンを外す王女の手を止めようと、ロイが立ち上がった時に。
彼の目に飛び込んできたのは。
上半身だけ、はだけた姿の王女。
けれども、その身体は。
「エドウィナ姫……あなたは……」
ロイは息を飲む。
視線は、目の前に立つ、王女に注がれたまま。
どう見ても、女性としての身体ではなく。
誰が見ても分かる。
目の前に立つ王女の身体が、男性のものだと。
「―――これが、オレの……エルリック王国の、王族の秘密だ」
はだけた上半身を隠そうともせず、王女ぱ真っ直ぐロイを見つめて、はっきりと言った。
「オレは…王女じゃなく……王子、なんだ…」
目の前に、事実を突きつけられて。
まず湧き起こった感情は。
怒りでもなく。
驚きでもなく。
疑問、だった。