Miss you… -14-

「――――これで、決裁する書類は終了かな?」
 机上に置かれていた紙がなくなり、ロイは手を止めた。
「はい、本日分は。ありがとうございました」
 全ての書類を確認し、リザが報告する。
「この後は…もう何も公務は入っていなかった筈だな」
「そうですが」
「…ならば、会いに行けるかな」
「姫君に、ですか?」
 リザの口調が、少々呆れたものになってしまっても仕方ない。離宮から戻ってきた姫君の傷がやっと癒えたかと思えば、日を置かずに訪れているのだから。
「ああ。今日は、彼女の方からお誘いがあった」
 と言うロイの口調は、とても嬉しそうだ。
「姫君から…ですか?」
「『どうしても話したいことがあるから、今夜は必ず来て欲しい』と、昨夜言われたんだよ。そう言われたら、行かないわけにはならないだろう?」
「そう――ですか…」
 リザの声音が、ひどく沈む。
(……とうとう…言われるのですね…)
 リザには分かっていた。
 姫君の、『話したいこと』が何であるかが。
 それは決して、嬉しいことではないことも。
 だがその事実を、目の前にいる皇帝に告げることは出来ない。
 姫君自身の口から言いたいと。
 そう、本人が願っていたから、リザは決して言うことは出来なかった。
「――――をしたいのだが。…ホークアイ?」
「あっ…はい?」
 ロイが何かを話しかけているのに気づいて、慌てて我に返る。
「…君がぼんやりとしているなんて、珍しいな」
「申し訳ありません」
「いや…。さっき言ったのは、そろそろ皆に公表しても良いのではないかということなのだよ」
「公表…ですか?それは……」
「勿論、姫君を正式に皇妃とする旨だ」
「―――陛下…」
「先日捕まえた離宮襲撃犯の供述から、背後にいる者の検討はついた。奴等、犯人が私の手中にあるから、今頃戦々恐々としていることだろう。その間に、エドウィナ姫を正式に皇妃とする触れを出す。そうなったら、奴等にも手出しは出来なくなるだろうし」
「そう…ですね…」
 ロイの提案は、リザにとっては喜ばしいことの筈…だった。
 姫君の、隠された、重い秘密を知る前までは。
(姫君が本当に、王女であるなら…)
 ロイが、彼女を正式に皇妃とすると、国の内外に対して宣言することは、大賛成だったろう。
 これまで、女性を快楽の対象にしか見ていないような節のある皇帝に、本気で妃に迎えたいと思う女性が現れたのだから。
 だがそれは、あくまで女性だったらの話だ。
 もし、その皇妃としたいと思っている王女が、女性でないと知ったら……
(陛下は…どうなさるだろうか…)
 騙されたと知って、怒り狂うか。
 それとも内密にして、婚約破棄に止めるか。
 どちらにしても、辛いだけに違いない。
 ロイにとっても。
 姫君にとっても。
 抱えていた秘密が、大きいだけに。
 二人に、深い傷を負わせるだろう。
 だがそれを防ぐ術を、リザは持っていなかった。
 ただ、見守るだけしか出来なかった。
 そんな無力な自分が、歯がゆかった。
 それ故に……願うしかなかった。
 二人の傷が、深くならないことを。
 心を抉らないことを。
 そうならないために、手助けくらいはしたいと、リザは思っていた。
 だから、思わず口をついて出てしまった。
 仕事を終えて、これからエドウィナ姫の許へと向かおうとするロイに向かって。
「―――陛下」
「…何だ、ホークアイ」
「一つだけ…一つだけお尋ねしたいことがあります」
「…言ってみたまえ」
 振り向き、不思議そうな顔をしてリザを見つめる。
「…陛下にとって大切な方が、陛下に秘密にしていることがあるとしたら…どう思われますか?」
 彼女の口から出た抽象的な問いに、戸惑いの表情を一瞬見せたものの、ロイはすぐに微笑んで答えた。
「…気にならないと言えば嘘にはなるな。その秘密にしている内容次第だと思うが?」
「――――そうですね…」
「だが、どんな秘密であれ、私には怒る資格などないと思うよ」
「え……?」
 ロイのその言葉に、リザは思わずロイの顔を直視した。
 するとロイは、先刻より少し寂しげに微笑んで、一言呟き、執務室を後にした。



「……私にも、誰にも言えない、ずっと隠している秘密があるのだから」