『………綺麗な焔…。まるであんたみたいだ…』
《T》
「あ…れ…?」
エドワードは、そこで目が覚めた。
まず目に入ったのは、見慣れた天井。それで、自室だとすぐに分かる。
「変な夢……」
身体をのろのろと起こし、軽く伸びをする。
ついさっきまで、変な夢を見ていたような気がする。気がする、というのは、その夢の殆どを起きた時点で覚えてなかったからだ。
ただ、確かに夢を見たという事実と、最後に自分が呟いた言葉だけは、覚えていられた。
「…誰に言ったんだろ?」
『………綺麗な焔…。まるであんたみたいだ…』
相手は、すぐ傍にいた筈なのに、顔すら覚えていない。
「どこかで言った覚えがあるんだよなあ…」
同じ言葉を以前、どこかで誰かに言ったことがある。
そんな漠然とした記憶が、エドワードには残っていた。
「一体誰に……」
と、なおも思い出そうとしていたのだが、ノックの音と共に部屋へと入ってきた侍女によって遮られてしまった。
「おはようございます、姫様」
侍女は判で押したように、定刻になるとエドワードの部屋に現れ、身支度を手伝うことになっている。
「…その、『姫様』っていうの、いい加減やめてくれない?」
いささかうんざりとした口調でエドワードは言うが、毎日のことなので侍女はどこ吹く風、とばかりに、持ってきた衣装箱から今日のドレスを取り出す。
蜂蜜色のAラインの可愛らしいドレスが、エドワードの目の前に広げられた。
「姫様は姫様ですから。この、エルリック王国内でも、勿論諸外国からも、現国王の第一子は王女様なのですよ」
侍女はにっこりと笑って答える。彼女はエドワードの乳母も務めたことがあるので、まさに生まれた時からの付き合いだ。親子ほどの差がある彼女に、エドワードが勝てた試しなど、今まで一度もなかった。
だけど、エドワードも負けてはいなかった。
「でも、オレは男なんだぞ!男のオレがどうして『姫様』なんて呼ばれなきゃいけないんだ!」
ここ最近はまず、朝はこの会話から始まるようになっていた。
「それが、国王陛下と王妃様のお望みでしたから」
そして彼女の口からは、毎日この同じ言葉が繰り返される。
エドワードはそれを聞いて、深くため息をつくのだ。>
「…ったく、親父の奴!」
「姫様。私の前ではそのように仰られても一向に構いませんが、他の者の前では、くれぐれも仰られないようご注意くださいませ」
と、厳しく諌めてから、てきぱきとエドワードの身支度を済ませてゆく。
「…はい、出来上がりました。今日も可愛らしい姫様におなりですよ」
満足げに侍女が言う。
一方当のエドワードはというと、ドレッサーの前でふくれっ面をして立っていた。
彼の正面の鏡には、それはとても可愛らしい、小柄な姫君が立っている。
蜂蜜色のドレスは、エドワードの明るい金髪と金色の瞳によく似合っていた。
「さあさあ、姫様。国王陛下と王妃様がお待ちでいらっしゃいますよ。何でも今日は、重要なご用事がおありとかで、お待ちかねでいらっしゃいます」
「二人とも?」
「はい。アルフォンス様もお呼びになられましたから…重要なことかと」
「ふうん…」
朝早くからの重大事とは一体何だろう…?
今は…国内に特に問題があるようには思えないし…。>
そう訝しみながらも、エドワードは両親の居室へと向かった。
そして、国王夫妻の、エドワードにとっては両親の居室に入った時、彼を迎えたのは。
「おお…エドワード!今日もとても可愛らしいではないか…!」
と言って抱き締めてくる国王その人だった。
「おっ、親父っ!やめろよな!」
これも毎回毎回同じことなので、エドワードはうんざりとした様子で国王を引き剥がそうとする。
「何とつれない…!このように愛らしく育ってくれて…まさに私の…いや我が国の宝なのに…!」
「気色悪いことを言うな!オレは男なんだぞ!」
呆れたように言い、やっとのことで抱きついた国王を剥がした。
「大体っ、用事があるっていうから来たんだぞ!これが重大な用事なのかよっ!?」
「それはないよ、兄さん」
のんびりと、弟のアルフォンスが代わって答えた。
「それって、毎日やってることじゃない」
「アル…おまえなあ…」
「そうですよ、エドワード」
微笑を浮かべて、王妃・トリシャが歩み寄ってきた。
「母さん……」
「国王陛下は、本当に大切な御用があるので、あなた達を呼んだのです」
「…それなら、早くその内容を言ってくれない?」
未だ懲りずに、エドワードの頭を『可愛い可愛い』と言いながら撫でている国王・ホーエンハイムをジロリと睨む。
これで世間では、歴代国王の中でも名君中の名君と言われているのだ。そう言っている奴等に、現実の姿を見せてやりたいと、エドワードは常々思っていた。
「おお、そうだったな!我が国にとって、非常に重大事だよ、まさに!」
ニコニコと笑いながら、ホーエンハイムは口を開く。
「しかも、慶事だ!いやあ、めでたいめでたい…!」
「だから、何だよ!」
一向に話の本題へ入らない父親に対し、イライラしたエドワードは再度促す。
「おまえ達も喜んでくれるだろうな…。何といっても可愛いエドワードの縁談が調ったのだから!」
国王のその、まさに爆弾発言の直後。
王妃は相変わらずニコニコと笑い。
その隣にいたアルフォンスは、石のように固まり。
そして、エドワード本人はというと。
「こっ…こっ…こんのクソ親父〜〜〜!」
容姿に似つかわしくない暴言を、国王の耳元で思いっきり吐いた。