「アル……!」
 エドワードは、驚いた。

 てっきり、鎧に魂をコピーしただけの。
 中身は空っぽの、声だけの存在だと思っていた。

 それなのに、空洞だと思っていた傍らの鎧から。
 ひょこっと顔を出したのは、紛れもなく弟のアルフォンス本人、だったのだ。
「兄さんの方に飛び乗って、こっそりこれに入っていたんだ」
 目を丸くして見つめている兄に、悪戯がばれた時のような笑顔で、アルフォンスは答える。
「こっそり入ってたって……あっちの門はどうするんだよ!」
 エドワードは呆れたように呟く。
 そういえば、この普段は実に思慮深い弟が、時として突拍子のないことをやってのけることがあることを、思い出したのだ。
「大佐に頼んできた。今頃、向こう側の門を壊している」
「大佐に……?」
「うん」
「そっか……大佐に…」
 エドワードは、寂しそうに笑った。
(もう……会うことはないな…)
 双方の門を壊したら、決して開くことはないだろう。触媒となるホムンクルスがいない、今となっては。
(…覚悟、していたじゃないか)
 2度と、通路を開かせないためにも。
 2つの世界を守るためにも。
 こちらの世界に再び戻ることを……自分で決めた。
(だから……)


 大佐に会えなくなって、辛くなんかない。
 元気に…生きていてくれれば、それでいい。


 そう、無理矢理に思い込もうとした時のことだった。




「――――それは、無理だな」




 幾分篭ったような声が、エドワードのすぐ近くで聞こえるやいなや。
 ガタンッという激しい音が響き。

「なっ、何だ?」
 ヒューズが3度、驚いた直後。

 ロケットの傍らに転がっていた、一体の鎧の兜が転がり落ちて。
 中から、顔を出したのは。
「―――――大佐…!」


 エドワードも、アルフォンスも、驚愕で大きく瞳を見開いていた。
 鎧の中から抜け出して、そこに立っているのは、紛うことなきロイ・マスタング、その人だったのだから。
「…大佐まで、こっそり隠れていたのかよ!」
「当たり前だろう?あそこで別れたら、もう2度と君に会えなくなるというのに…」
 微笑み、エドワードの傍に近寄ろうとするロイの前に、アルフォンスが立ちはだかった。
「でもっ、向こう側の門はどうするんですかっ!」
 アルフォンスは叫ぶ。
「ボク、大佐ならちゃんと壊してくれると思って…!」
「それは、心配ない」
 ロイから、あっさりと答えが返ってくる。
「えっ…?」
「私が戻ってこなかったら、向こう側の門を壊すよう、アームストロング中……殿に頼んでおいた。場所は、軍部も知っているし、彼もまがりなりにも元・国家錬金術師だ。約束は果たしてくれるだろう」
「――――」
「……それに、だ」
 ロイは、もう一歩進む。
 彼の眼差しはエドワードを見ていたので、渋々アルフォンスは身を引いた。
「大佐…?」
 目の前に立つロイを、エドワードは見上げる。
 3年間でいくらかは背が高くなったものの、ロイを越すことは叶わなかったのが、ほんの少し悔しい。
 そんなエドワードの頭を、いきなりロイは、ポカンと軽く叩いたのだ。
「なっ、何すんだよっ!」
「分からないのか?」
 ロイは、軽く睨んで、エドワードを見下ろす。
「私は、少し怒っているのだよ?」
「な、何を…?」
「こちら側の世界の門を壊すために、君は戻ってきた」
「ああ…」
「だが、向こう側の門を壊してしまえば、こちら側の門が開いていても、通路となることはないのではないか?」
「………!」
 エドワードは、息を呑む。
 やはり、ロイも錬金術師だ。
 気づいていたのだ。
 錬金術の世界で、門が開かれない限りは、いくらこちら側から向かおうとしても、それは不可能だということを。
 そのことは、エドワードも分かっていた。
 だけど――――
「…まあ、君の気持ちも分からないでもないけどね」
 ロイの顔には、苦笑が浮かんでいた。
「あちら側の世界で、いつまた錬金術によって門が開かれるかわからない。そうなったら、通路が出来てしまう。また、愚かな者達が、攻め込んで来るかもしれない…。そうなるくらいだったら、こちら側の門も完膚なきまで壊しておけば、そんな心配はなくなる。…この世界にはもう、触媒となるものはないのだからな」
「大佐……」
「君なら、そう考えると思ったよ。だから、腹が立った。私に何の相談もなしで、全てを抱え込んで結論付けた、君にね」
「相談なんて…出来る余裕は……」
「あの時は、なかったな。だから、今回は、私が自分で決断して、ここに来た。
――――もう2度と、離れたくはないからね…」
「大佐……いいのかよ、ほんとに?もう、向こう側には戻れないんだぞ?」
 エドワードの声が、ほんの少し震えている。
 嬉しかった。
 戻った時も、ほんの少ししか話せなくて。
 別れの言葉すら、言えなかった恋人が、今、自分の目の前にいてくれるのだから。
 そして、これからはずっと傍にいてくれると言ってくれたから。



「君がいる場所、それが、私のいるべき場所だ」
「……大佐…」



 ロイがそう言い切った時。
 すっかり忘れられた存在になっていたギャラリーの耳に、教会の祝福の鐘の音が聞こえたのは、幻聴だったのだろうか…。
 だが、唐突に現れた、黒髪の男によって、何やら甘い雰囲気になりつつあったのを打破したのは。
「と…とにかくっ、急いであの門を壊さないと!」
 アルフォンスだった。
 この、恋人同士の遣り取りを聞いていられなくて、2人の間に割って入る。
(せっかく、やっと兄さんと2人きりで過ごせると思ったのに…!)
 向こう側の世界では、確かにいろいろと心を砕いてくれた。そのことに対する、感謝の気持ちはある。
 だがそれと、大事な兄を奪われることに対する感情は、別物だ。
「…錬金術なしだと、骨が折れるぞ」
 エドワードは、ロイとアルフォンスの間で繰り広げられる微妙な雰囲気を察して、乾いた笑いを浮かべて呟く。
 どうやら、門を壊しても、なかなか落ち着く日は来ないようだ。
 ――――別の意味で。
「何とかなるよ。ふた……3人なら…」
 途中でアルフォンスは言い直して、エドワードの隣に立っているロイに向けて、ニヤッと笑う。
 それが、弟からの宣戦布告だと、ロイには分かった。
 だから、ロイも不敵に笑い、それを受け取った。
 そして、門のある天井を見上げた時。


「……大佐……左目…!」


 エドワードが、叫ぶ。
「あ……?」

 それで、本人も気づいたようだった。
 ロイの、眼帯で覆われていた左目。
 今、そこに眼帯はなく。
 漆黒の瞳が、エドワードの姿を映していた。
「―――これも、等価…交換かよ…」
 エドワードが、嬉しそうに笑う。
 その横では、引きつった笑顔を浮かべている弟。
 反対側には、愛しそうにエドワードを見つめているロイ。




 そして。
(オレは…これからこいつらと、付き合っていかなきゃならないのだろうか…?)
 そう思い、不安そうに彼等を見ているヒューズの姿があった。






 この話は、イベント売り限定の突発コピー本からの再録です。こちらに掲載するに当たり、少々加筆修正しました。しかし…この話、初日に見に行ってから、一気に書き上げたものです。所要時間は私の最短かなあ、きっと。


                     

『A forgery 』