イーストシティの恋人 7  

「ほお……君はあの学校の生徒なのか…」
「知ってるの、オレの行ってる学校?」
「勿論だ。あの学校の卒業生からは、たくさんの国家錬金術師が誕生しているからな」
「――――そうなんだ…」
 エドワードはちらりと隣で運転している男の横顔を見て、呟いた。


 すっかり日の暮れたイーストシティ。
 そのメインストリートを、エドワードを乗せた黒塗りの乗用車は、静かに走っていた。
 その車中で、黙っているのも息が詰まりそうだとエドワードが思い始めた頃、それを見透かしたように男の方から口を開いて話しかけてきたのだ。
「あの学校は、入るのだけでも相当難しいと聞くぞ。それに合格したのだから、君も優秀だということか」
「そんな……オレには、錬金術しか取り柄がないから…」
 と、偽らざる本音を言うと、男は更に尋ねてくる。
「しかし、君のような女の子が、どうしてまた国家錬金術師になろうなどと?」
「オレん家、貧乏だから」
 質問に対し、実にあっさりとした答えが返ってきた。
「貧乏って……」
「言葉通りさ。親父は錬金術師とは言っても、借金をこさえて放浪の旅を続けるとんでもない奴だし、母さんはオレ達が小さい頃に病気で死んじゃったから、オレと弟は、自分達だけで何とかしなくちゃいけなくなったわけ」
「ああ……それであの学校に…。あそこは、成績優秀な者には、破格の奨学制度があるからね」
「その通り。アル……弟だけは何とか普通の学校に通えるだけの蓄えがあったから、田舎でそっちの学校に通ってるけど、オレには金が全然ないから、ここの国家錬金術師養成のための学校に通うことにしたってわけ」
「しかし……授業料は免除で、生活費も支給してくれるとは言っても、その見返りがあることは知っているのか?」
「知ってるさ」
 男の問いに、すぐさまエドワードは返す。
「別に、国家錬金術師になることは嫌じゃないし」
「戦争にでもなったら、戦場に駆り出されることとなってもか?」
「それだけの恩恵を受けているのだから、当然だろ?それに、有事以外の時は、国に……国民にとって有益な錬金術の研究に没頭することができるからな。オレにとっては願ってもないことだよ」
「そうか……。ならば、頑張って国家錬金術師になるんだな」
 男は、一応納得してくれたようだった。
 それから話が途切れ、再び静寂が車内を包み込んだので、仕方なくエドワードは車窓から夜の街を眺める。
「――――あれ?この辺って……」
 見覚えのある住宅が、通りに建ち並んでいることに気付いた。
 しかも、それは、自分の今住んでいる、学校の寮付近ではない。
(……この辺りって…オレのバイト先の…)
 そう。
 エドワードが家政婦として働いている屋敷もある、いわゆるイーストシティ内の高級住宅街へと、車はいつの間にか入っていたのだ。
「オレの住んでいる所は…この辺じゃないぞ?」
 確か車に乗ってすぐに、住所を男に告げた筈だ。
(…一体どこへ…?)
 不安になりつつあったエドワードの誤解を解くように、男は苦笑を浮かべて答える。
「心配しなくていい。ちょっと私の家へ、寄り道するだけだ」
「…あんたの家?」
「ああ。病院に行かなくてもいいと君は言ったが、やはり後で具合が悪くなったらいけないからね。とりあえず、医者へ行けるだけのお金を渡すから、それで明日にでも病院に行きなさい」
「そ、そんなのいいって!オレが飛び出しのが悪いんだし」
 エドワードは、慌てて断ろうとするものの。
「今は何ともなくても、後日異常が出てくる場合があるんだぞ。特に、交通事故の場合はな。君は、国家錬金術師になるべく頑張っているのだろう?ならば早々に不安要素を消して、勉学に励むべきじゃないのか?」
「そ、それは……」
 言葉に詰まってしまう。
 男の言うことが、正論だからだ。
「君が気にする程の高額にはならないから、心配しなくてもいい。それと、私のホームドクターを紹介しよう。そこで検査を受けて、何も異常がなければそれで終わり、だ」
 と、エドワードに気を遣わせないように言うやいなや、男は交差点を右折し、1軒の屋敷の敷地内に、車を滑り込ませたのだ。


「え―――――?」


 エドワードは、自分の乗っている車が入った屋敷を見て、目を丸くする。
「ここって………」
 見覚えのある屋敷が、目の前に構えていた。
 見覚えがあり過ぎるのは、当然だ。
 だってそこは――――

(さっきまで、オレが働いていた屋敷じゃないか…)

 そう、エドワードが心の中で呟いたとおり。
 今、車が正面玄関の前に滑り込んだ豪邸は、エドワードのバイト先である、某大手企業の社長宅だったのだ。

「……少し待っていてくれ。すぐに戻ってくるから」
 車を玄関前で停めて、外に出ようとした男に対し、エドワードは恐る恐る問いかける。
「あ、あの……」
「うん?」
「ここって……あんたの家?」
「――――そうだが?」
 不審げな顔をしつつも、男は断言した。
 それを聞いた時、エドワードの心の中で膨れつつあった嫌な予感は、見事に的中してしまったのだ。
「そっ、それじゃあ…あんたが……ロイ・マスタング?」
 ほんの少しばかり声を震わせて、その名を呼べば。
「どうして…私の名を?」
 と、呟きながら、胡散臭そうにエドワードを見つめる男の視線が、やがてある所でピタリと止まる。
 それは、エドワードの、輝くばかりの見事な黄金色の髪と。
 そして、その髪に劣らず、金色を湛えている大きな瞳だった。
(――――確か…ハボックが言っていたな。今度の家政婦は、鮮やかな金の髪と瞳の、年若い女性だと…)
 そう思った時点で、男の記憶と、目の前の現実が一致した。
「まさか……君が新しい家政婦か?」
 男――――ロイの問いに対し、目の前の少女は、こくりと小さく頷く。それが、答えだった。
「すっ、すみません。まさかあなたが、雇い主だなんて……顔を知らなかったから…」
 エドワードは、ひたすら謝るしかなかった。
 知らなかったとは言え、先刻までの暴言や非礼は、雇い主にするものではない。
(……これで心証悪くして…クビになったらどうしよう…)
 そう思い、小さい身体を一層縮ませて俯く。
 すると。

 暫しの間の後に。
 小さな溜息が、ロイの口から漏れて。
「…降りなさい」
 一言、エドワードに向かって言い放った。
「え………?」
 顔を上げて見た先には。
 助手席のドアを開けて。
 苦笑を浮かべてエドワードを見ているロイが、立っていた。
「――――とりあえず、中に入ろう。ここは君もよく知っている場所だから、構わないだろう?」
 と、雇い主に言われて、エドワードはのろのろと車から降り、ついさっき自分で鍵をかけて立ち去った屋敷へと、ロイに促されるまま入っていった。



 重い、足取りで。