イーストシティの恋人 2
普段は、余り思わないことにしているけれど。
時々。
ほんのたまに、思うことがある。
それは、こんな時。
「ああ……オレってどうしてこんなに貧乏なんだろ?」
エドワードは、廊下に置いてある長椅子に座り込んで、ぼやいた。
「―――所持金、現在百センズ。今日のお昼代だけで飛んじゃいそう…」
手の平に乗っている硬貨を見つめて、また深い溜息をついた。
元々、お金には縁のなかった家だったと思う。
父親であるホーエンハイムは、そこそこ名の知れた錬金術師のようではあったが、研究と称しては国内を行き先も告げずに放浪する日々を送っていた。
だが、そんな男でも好きになってしまったからなのか、母親のトリシャは文句一つ言わず、イーストシティに程近い、リゼンブールという田舎の村で、エドワードと弟のアルフォンスと共に暮らしていた。 細々と暮らせば、親子三人、豊かとまではいかなくとも、暮らしていけた。
その、子供の頃が、一番幸せな時期だったなあ…とエドワードは思う。
だが、幸福な親子の生活は、ある日突然激変してしまったのだ。
それは、母親のトリシャが、急な病で呆気なく逝ってしまったことから始まった。
母が急死したこともショックだったし、葬儀の際に父親が戻ってこなかったことも辛かった。
だがこれからは、残された家で、トリシャが子供達のためにと残してくれた財産で、二人で何とか暮らしていこうと思っていた。幸い、リゼンブールは小さな村で、住民全員が顔馴染みだ。皆が残された子供達に優しく手を差し伸べてくれるので、子供達だけでも、何とか生活できるだろう。
そう、エドワードとアルフォンスは思っていたのだが。
その考えは、実に甘いものだったのだと、すぐに思い知らされることとなってしまった。
トリシャが亡くなって、1月もたたないうちに、エドワードとアルフォンスは、住み慣れた家を手放さなければならなくなってしまったのだ。
その原因はと言えば―――――
(あんのクソ親父…!)
エドワードは、掌の中の硬貨を強く握り締める。
今、考えても腹が立つ。
自分の父親の作った借金のせいで、故郷の家を追い出される羽目になってしまったのだから、当然と言えば当然だろう。
放浪の旅をしていたホーエンハイムは、残された家族に金銭面の迷惑はかけたことがなかった。
だが何故かたった1回だけ、どうにもお金の工面が出来なかったことがあったらしい。
とある地方都市で、金融業者に借りた金を完済せずに立ち去ってしまったため、利子が嵩み……業を煮やした金融業者が、借入れの申込書に記入した住所を頼りにリゼンブールに押しかけ、エドワード達の家財を差し押さえたのだ。
業者の持っていた借用証書は法的にも認められるもので、法定利息範囲内の貸付であったことから、異議の申し立ても出来ず、子供達二人は僅かな貯金だけを残して路頭に迷うことになってしまった。
だが、そんな苦境に立つ子供達を見放すことを、リゼンブールの住民達はしなかった。特に、近くに住むロックベル家では、放り出された子供達を引き取ろうとまでいってくれた。
この家は、幼馴染のウィンリィという少女と、その祖母の二人暮らしで、エルリック家とは親交が深かった。
「子供が2人増えたって、どうってことないさ。うちには部屋もたくさんあるし、賑やかになることは嬉しいしね」
老齢のピナコは、あっさりと言う。
それは、彼女の本音だ。
息子夫婦を早くに亡くし、孫娘との2人暮らしであることから、隣のエルリック家の子供達との交流は、二人にとって楽しいものだった。
だが、エドワードは。
ピナコの申し出を、一部だけ受け入れた。
『―――アルは、母さんの残してくれた貯金で、行きたい学校に通わせてくれないか?オレはここの学校を卒業したら……イーストシティに行くよ』
と。
エドワードの爆弾発言を聞いた時、ピナコやウィンリィは勿論のこと、弟のアルフォンスも驚き、反対した。
「ボクだけ、好きなことなんて出来ないよ!」
「そうだよ。第一、成人してないあんたがイーストシティなんかに行って、何をしようってんだい?」
「エド…!学費とかは全然気にしなくてもいいのよっ!トリシャおばさんには私達もいっぱいお世話になってるし…!」
と、口々にエドワードを止めようとした。
考えを覆させようとした。
だが、結局……無駄に終わった。
それ程に、エドワードの決意は固かった。
「オレは……奨学制度を受けて、国家錬金術師の資格を取る!」
という、決意は。
国家錬金術師。
それは、錬金術が生活の中に浸透しているこの国で設立された制度だ。
国は年に一度資格試験を行い、それに合格した者のみが得られる資格で、その資格を得た者は原則国家公務員と同等の扱いとなる。
合格者は錬金術の分野によって適任とされる部署への配属となり、そこで研究や仕事に従事することとなるのだ。
だが、平時はそうであっても、一旦戦乱等が起こると戦場へ派遣される可能性もあるというリスクもあった。
しかしそんなリスクを鑑みても、国家錬金術師に与えられる地位と報酬は、錬金術師にとっては破格のもので、毎年多数の受験者が、国家資格取得を目指して試験に臨んでいた。
エドワードも、父親が錬金術師ということもあってか、錬金術には幼い頃から興味があり、ホーエンハイムの蔵書を読みつつ独学で錬金術を学んできた。
だが、独学には限界がある。
もっと広範な錬金術に関する知識を、学びたかった。
だから、イーストシティにある、国家錬金術師資格試験を受けるための学校に通おうと決意したのだ。
その学校は、国営の機関で、将来国家錬金術師を目指そうとする若者達の受け皿となっていた。 元々、豊かでない子女を対象にして発足した学校なので、授業料は原則免除。成績優秀であれば生活費も出してくれるというありがたい機関だ。
その代わり、見事国家試験に合格し、国家錬金術師となった後は、給料から少しずつ授業料に見合うものを返還していくことにはなるのだが。
それを差し引いても、非常に美味しい制度なので、毎年入校希望者はたくさんいる。そのために、まず入校希望者を選抜するための試験が行われ、その合格者のみが入校を許されていた。
「第一、あの試験…とっても難しいんでしょ?合格しないと入れないんじゃないの?」
と言うウィンリィの目の前には、『合格証書』が広げられていた。
「これが、入校出来る証拠だ。もう、手続きも済ませてきた」
「いつの間に……!」
ピナコも目を丸くして驚く。
よもやそこまで、決意が固いとは思わなかったから。
「ここで勉強して、国家資格の試験を受ければ、推薦人も必要ないからな」
「…そこまで考えて……」
アルフォンスも、力なく呟く。
エドワードが、それ程にしっかりと自分の将来のことを考えていたとは思わなかった。
確かに、エドワードが言うように、国家錬金術師の資格試験は、2つの要素が必要だ。
1つは、筆記・実技試験での合格。
そしてもう1つは、国家錬金術師、もしくはそれと同等の高名な錬金術師の推薦状だ。
これらが揃わないと、国家錬金術師の資格は得られないことになっていた。
――――唯一の例外を除いて。
「あの学校から受験した者は、推薦状が免除されるんだったね、確か…」
ピナコは思い出し、言った。
それが、唯一の例外だった。
「エド…そこまで考えて受けたの…?」
ウィンリィの問いに、エドワードはしっかり頷いた。
「だからオレは、イーストシティに行く。そして必ず、国家錬金術師になる!」
「そんな……!離れ離れになるなんて嫌だよ!それにボクだけ普通に勉強するなんて…!」
「アル、オレは望んでこの学校に入るんだ。だから気にしなくていい」
「でも……」
「おまえも、将来何になりたいかをじっくり考えて、進路を決めたらいい。それまでは…ここにいろ」
と言って励ますのだが、それでもアルフォンスは涙目になってうかない顔をしている。
無理もない。
今までずっと一緒にいた2人が、初めて離れ離れになるのだから。
「心配すんなって。休暇になったら、すぐここに戻ってくるからさ」
「ほんとに…?」
「ああ。約束する。オレに行くとこ、他にはないもんな」
と答え、明るく笑うエドワードを見て、ようやくその場にいた者達は納得した。
彼が無理をして、イーストシティに行こうとしているのではないのだと。
国家錬金術師になることを望み、志して向かうのだと。
「国家資格を取れば、リゼンブール村初の国家錬金術師が誕生するね…」
「ピナコばっちゃん…」
「頑張っておいで、エド。ただし、無理は禁物だよ。あんたは熱中すると、寝食忘れちまうからね…」
と、優しい餞の言葉を貰って、エドワードは卒業後、旅立った。
自分の夢を叶えるために。
12歳の春、だった。
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