いつもわがままを言うのはあたしのほうで、あなたは、嫌な顔ひとつせず、『良いよ』って言ってくれる。
でも、あなたがわがままを言ったことなんてないから。
それなのに、あなたにわがままを言って欲しいなんて、それも、やっぱり、あたしのわがままなのでしょうか?
□■□あなたのわがままをききたい□■□
「ちゃん、かっちゃんがね、わがまま言ってくれないんだよ?」
昼休み、あたしたちは屋上でお弁当を食べている。
ちゃんはあたしの唐突な言葉にちゃんは不思議そうな顔をしている。
「わがままって、具体的にどんな?」
「ん〜っとね。・・・例えば、デートしたら、あたしの行きたいところに行ってくれるし、ゴハンも、あたしの好きなもので良いよって言ってくれる。それから、見たい映画が重なっても、あたしの見たい方を優先してくれる。そういうのって、やっぱりあたしのわがままだよね。」
「そうかなぁ?」
ちゃんは首をかしげた。
「そういうのって、なんか普通な気がするけどな?」
ちゃんは言った。
「でもさ、あたしも、かっちゃんにわがまま言って欲しいの。あたしだって、かっちゃんのわがまま、きいてあげたいんだもん。」
かっちゃんは、いつもあたしを優先してくれるから。
「渋沢君は、のことすっごく好きなんだろうなぁ。だから、たぶん渋沢君は、のことをわがままだなんて思ってないよ。」
ちゃんは優しく微笑んだ。
「そうじゃなくってさ、あたしは、かっちゃんにわがまま言ってほしいの。」
そうなんだ。ただ、それだけ。
あたしは、かっちゃんにわがままを言って欲しいんだ。
「優しいよね、ふたりとも。」
「・・・?」
ちゃんの言ってることはよくわかんなくてクエスチョンマークが頭の上にいくつも浮かんだ感じ。
ちゃんはまた優しく笑った。
ちゃんは何だか、大人な感じがする。顔立ちも整っていて綺麗だし、仕草や話し方も、あたしなんかの幼稚なそれより、すっごく上品に感じてしまう。
ちゃんはサッカー部の10番、『みかみん』こと、三上 亮と付き合っている。あのみかみんが、一人の女の子とこんなに長続きしたの、初めてだし。
「ちゃんは、みかみんにわがままいったり、いわれたりするの?」
「それは、ね。」
顔をほんのりと赤く染めるちゃん。
「ね、ね、どんなわがまま言われるの?」
「いろいろ。亮、わがままだから。でもね、だからあたしも、いっぱい亮にわがまま言ってる。」
ちゃんは舌を少しだけ出して、悪戯っ子みたいに笑った。
あたしはちゃんみたいな人になりたいのかな。かっちゃんのわがままもきいてあげられるような、大人な『オンナノヒト』を夢見てるのかな? 自分でもわからないうちに。
「答えになってないよ。ちゃん。」
あたしがぶぅっと頬を膨らませると、ちゃんはあっかんべーっと舌を出した。
「よしっ!頑張るぞぉっ!」
意気込んだあたし。
「何を?」
「かっちゃんがわがまま言えるくらい、大人になるのっ!」
立ち上がってガッツポーズ。
ちゃんは呆れた顔をした。
昼休みも終わる頃、あたしはダッシュで男子棟に向かった。
「かっちゃんっ!」
かっちゃんのクラスの前で立ち止まって、大声で彼を呼んでみる。
「っ!?」
かっちゃんは心底驚いた顔をして、あたしの立っているドアのところにやってきた。
「かっちゃん、放課後、図書室に来てくださいっ!・・・以上っ!」
それだけ言うと、走って女子棟の方に向かった。
「ちょっ、っ?」
不思議そうなかっちゃん。
でも、いいんだもん。かっちゃんがわがまま言ってくれないのがいけないのっ。
「ちゃん。あたしね、男子棟に行って来たの。」
「なんで?」
教室に戻ってきて、ちゃんは本を読んでいた。
「放課後ね、かっちゃん、呼び出したの。」
「ふぅん?」
それだけ言って、ちゃんは本に目を戻す。
「うぅ〜。どうしよ。何て言ったらいいんだろう?」
「そうね、素直に思っていることを言った方がいいと思うわ。」
ちゃんは本を見たまま言った。
「って、この本に書いてある。」
本ですか。なんて、心の中でツッコミをいれつつ。
「そうする。アリガト、ちゃん!」
そう言って、あたしはスキップで自分の席に戻った。途中で椅子につまずいてコケたけど。
放課後。
ついに6時間目終了の鐘がなり、『放課後』が来てしまった。
思い切って、かっちゃんを呼び出したけど、いざとなると、なんていったらいいか。
「じゃ、ちゃん、行ってくるね。」
「うん。行ってらっしゃい。」
ちゃんは手を振った。
廊下を歩いていくと、つきあたりに図書室がある。そっと扉に手をかけて、ガラッと音を立てて、扉をあける。
一番奥の席に、かっちゃんは座って、本を読んでいた。
驚かさないように気をつけながら、ゆっくり近づく。
どうやらあたしとかっちゃんのふたりしか図書室のなかにはいないらしく、静かで、あたしの足音さえ響いてしまいそうだけど、かっちゃんはよほど読書に集中しているのか、あたしが来たことには、全然気づいていないらしい。
「かっちゃん。」
そっと声を掛ける。
かっちゃんはあたしの方を見た。
「ごめんね。あたしが呼んだのに、待たせちゃったみたい。」
そう言うと、彼は読んでいた本を閉じて、首を横に振った。
「いいや。久しぶりに本を読んだ気がする。」
「あのね。」
「なんだ?」
かっちゃんは優しく微笑んだ。
「え〜っとね。・・・あたし、これからは、もっと大人になるから。」
「・・・?」
いきなりのあたしの言葉に、かっちゃんは困ってしまったみたい。
「だからね、あたしは、かっちゃんのわがままをきいてあげられるくらい、大人になるから。だからねかっちゃんはもう少し、わがままをいっても、いいと・・・思う・・・・・デス。」
最後はうまくいえなくて、恥ずかしくて下を向いてしまった。
「何を言ってるんだ?は。」
そう言って、かっちゃんは笑った。
「わがままならいつもいってるよ。こそ、もっとわがままを言っていいくらいだ。」
「でも。」
かっちゃんは立ち上がって、あたしと向き合った。
「でもね、あたしは・・・あたしだけが、かっちゃんにわがままを言っているようで、嫌なんだもん。かっちゃんはあたしのわがままをいつもきいてくれるのに、あたしは何も。・・・だからね、あたしがちゃんみたいな、大人なオンナノヒトになれたら、かっちゃんもわがままを言えるのかなぁって、思ったの。」
背の高いかっちゃん。あたしとの身長差は30cm。
かっちゃんは優しくあたしの髪を撫でてくれて、温かいその手に安心して、泣いてしまった。
「いいんだよ。は、そんなこと気にしなくていいんだ。」
ふわっと温かいものに包まれて、あたしはかっちゃんの腕の中に居た。
「はそのままでいいんだ。」
やさしいかっちゃん。
涙は溢れて止まらない。
「はだ。そんな風に気にして、無理に変わる事はないんだよ?」
「ハイ。キャプテン。」
わざとそう言ってみた。
かっちゃんもあたしも、顔を見合わせて笑った。
それから、かっちゃんはあたしと目線を合わせて、あたしの耳元で呟いた。
『 』
少しくすぐったくて、優しい。
「アリガト。」
「いいえ。これからもよろしく。お姫様?」
かっちゃんはあたしに手を差し出してくれて、あたしはその手を取って、歩き出した。
こちらこそ、よろしくお願いします。キャプテン。
『一生に一回の、特別なわがままをきいてくれますか?ずっと、ずっと、俺のそばに居てください。な? これはやっぱり、わがままじゃないですか?』
彼の言った言葉。
いいえ。わがままなんかじゃありません。
あたしも、そのわがままをきいてもらおうと思っていたのだから。
でも。
嬉しいよ。
2004.10.07
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