それは風の強い日のことでした。

□■□風に吹かれて□■□

先輩!一緒に帰りましょう!」
 後ろから声を掛けてきたのは、立海大付属中テニス部のエースであり、あたしの可愛い後輩。
「赤也。」
 あたしはテニス部のマネージャーをしている。
 滅多に休まない強豪・立海テニス部も、入院中の部長の誕生日(つまり今日)は、いつもより早くに終わった。
 それでもマネージャーのあたしは、やるべきことがたくさんあるわけで、部長の誕生日パーティー(?)は遅れて参加することになった。
「赤也、ゆっきーの誕生日パーティーは行かないの?」
 ゆっきーというのはウチの部長、幸村精一のことで、あたしがこのニックネームで呼ぶとゆっきーのファンの子達に『罰当たりな奴め!』なんて騒がれる。
 だけど小学校の頃からこのニックネームで呼んできたんだから仕方ない。
「部長の誕生日パーティーって言っても病院内だから騒げないし、真田副部長に怒られるし・・・。」
 部室で日誌を書いてる真っ最中のあたしの横に座って、赤也はラケットとボールを器用に使う。
「一緒に帰ってもいいけど、あと1時間かかるわよ。」
「じゃぁ、俺、先輩の仕事手伝います。」
 そう言って、赤也は立ち上がった。
「ホント?助かる〜。」
 まずはボールをカゴ5つぶん、倉庫に運んでもらった。
 その間にあたしは日誌を書き終え、部室の掃除やコート整備の点検をしたりする。
 1年生や、レギュラー以外の部員が片付けることになっているけれど、たまにネットがしまっていなかったり、整備がしてなかったりする。
 そういう時は真田に報告しろって言われてるけど、怒られる子が可哀相だからとりあえず言わないことにしている。(過去1回、報告したら怒られた子がいた・・・。)
 今日は、1面だけコート整備がしていなかった。
 いつもそのコートを整備している子が今日は休みで、ほかに誰もやってくれる人がいなかったのだろう。
 あたしはいつものように、整備に取り掛かった。
 2年と少しの間、マネージャーをやってきたのだ。これくらいは楽にこなせる。
 10分ほどで反面の整備が終わった。
 一息ついて手を休める。
先輩!終わりました!」
 そう言って、赤也はあたしのいるコートまで走ってきた。
先輩、こんなことまでやってんっスか?」
「ううん。ココのコート整備のコ、今日休みだから。」
「俺、反面やります。」
 そう言って赤也は黙々と整備を始めた。
先輩!仕事、これで終わりっスかぁ!?」
 向こうから大声で叫ぶ赤也。
「そうだよー!」
 あたしも大声で返してみる。
「了解!」
 青空に赤也の声が響く。
 赤也は、反面終わると、ダッシュで帰ってきた。
「じゃあ、あたし着替えてくるから。」
「ハイ。」
 テニス部のマネージャーのあたしは、着替えは女子テニス部の部室を使わせてもらっている。
 女子テニス部も、今終わったらしく、部室にはレギュラーが集まっていた。
。何かいいことでもあった〜?」
 女子テニス部の部長で、あたしの友達のにきかれた。
「別にぃ?」
「そうか?」
 赤也を待たせているので急いで着替える。
「あっ、あの後輩?テニス部の。」
 は鋭い。
「えっ?何?の好きな人?」
 他の人にもバレそうで、あたしはさっさと着替えを済ませて部室を出た。
 待ち合わせをした昇降口まで、小走りで。
「赤也?」
 昇降口の前に赤也らしい人はいなくて、昇降口を覗いてみた。
「あーかーや!」
 赤也は壁に寄りかかって、うとうとと居眠りをしていた。
 あたしも赤也の隣に座った。
「赤也、起きて。」
先輩。」
「目、覚めた?」
「ハイ。」
「行こうか。」
 あたしたちは立ち上がった。赤也は大きなあくびをして。
「ゆっきーの誕生日パーティー行く?」
「んー。」
「どうしよっか。」
 そう言いつつも、あたしたちの足はゆっきーの病院に向かう。
「あっ!!」
 忘れてた。
「ゴメン、赤也、今日部活で必要なもの買いに行かなきゃいけないんだった。」
「いいっすよ。俺も丁度買いたいものあるし。」
「ごめんね〜。」
 あたしたちは回れ右して、いつも買い物をしているスポーツショップに向かった。
「何買うんですか?」
「え〜っとね、ドリンクの粉とスプレーと、ガーゼと・・・。その他諸々。」
「ふぅん。」
「赤也は?」
「俺はグリップテープ。」
「そっか。」
 スポーツショップに着くと、あたしは大きなカートと、カゴを二つ持った。
 結構大型のスポーツショップで、ココに来れば大体のものがそろう。
 あたしは、カートの上下にのせたカゴに、レギュラー用とその他の部員用に分けて商品を放り込んでいく。
 本当は『レギュラーとその他の部員』なんて区別したくは無いけど、真田副部長様の命令なので、仕方なく従っている。
 うちの部は、部長・副部長はいるけれど、部長より副部長の意見の方が、絶対的らしいので、仕方ない。
 一通り買い物を終え、学校に向かった。
「ありがと、赤也。」
「別に。」
「ゆっきーの誕生日パーティー、終わっちゃっただろうね。」
 買ってきたものを棚にしまいながら会話する。
「先輩、帰りにちょっと一緒に来てくれません?」
「いいよ。」
 しまい終わって、今度こそ帰れる状態になった。
「よし、帰ろっか。」
 部室を出ると、もう外は夕暮れに染まっていた。
 赤也はあたしの少し前を歩き、あたしはその後ろをついていく。会話は無い。
「ねえ、赤也。どこ行くの?」
 赤也はどんどん先を歩いていって、大通りを通って、細い路地を通って、けもの道を通って。
「赤也ってば!」
 赤也はあたしに手を差し出して笑った。あたしはその手をとって、上にのぼった。
「わぁっ!」
 一気に視界が広がり、見えたのは夕日と、夕日に照らされる野原。
「すごい。」
 周りに何も無いためか、強い風が吹いている。
 あたしは帽子を押さえた。
「綺麗だね、赤也。」
「ココ、俺のお気に入りの場所なんスよ。」
 ついその景色に見とれ、帽子を押さえる手を緩めてしまった。その瞬間、強い風が吹いた。
 あたしの帽子は飛ばされて、大きな木の枝に引っかかってしまった。
「あ〜。どうしよ。」
「俺、とってきます。」
「えっ!危ないよ。」
「へーキですって。」
 そういって、赤也は木に登り始めてしまった。
「気をつけてねぇ!」
 赤也は大分高く上り、あたしの帽子のすぐそばまで来た。
先輩。俺、この景色見せたのって、先輩が始めてっスよ。これからも、この景色を一緒に見たいって思うのは、先輩だけだから!・・・好きですっ!!」
 また、強い風が吹いた。
 帽子はふわふわと舞い降り、あたしの目の前に落ちてきた。

風に吹かれて運ばれてきたものは、帽子だけじゃなくて、あなたの気持ちとあたしの心の中に生まれた
新しいこの気持ち。



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