『医療経済と鍼灸』
西村 周三・京都大学経済学部教授

日本鍼灸マッサージ新聞 01.7.10.

  第五十回全日本鍼灸学会学術大会で京都大学経済学部の西村周三教授が「医療経済と鍼灸」と題して教育講演を行った。同講演は鍼灸の現状と将来性を医療経済の側面から分析したもので、鍼灸業界発展の可能性を示唆する興味深い内容だつた。講演の一部要旨を紹介する。

 皆さんもご承知のように、世界的に鍼灸への関心は高くなってきていますが、特にアメリカではそれが顕著です。アメリカは最も医療にお金をかけている国で、対GDPで約一四%を医療全般にかけています。これに対して日本は主要先進国の間では最も低く、約七%です。しかし、アメリカは医療に対する公的保障が非常に少なく、医療費が非常に高い国です。そのため、中産階級を中心にして医療費負担が深刻な問題であることが、鍼灸治療など東洋医学への関心を引き起こしていると思われます。ただもう一つ強調しておきたいのが、医療そのものの潮流の大きな変化です。医療の目的が、救命あるいは延命からQOLを重視するようになってきているということです。

 医療経済的にも鍼灸へ関心

 日本でも高齢者医療費の急増を背景に医療財源がかなり逼迫してきています。こういう議論の際、最も重要なのが費用対効果であり、その点でも鍼灸は非常に期待されています。医療経済学的観点から鍼灸への関心が高くなってきています。
 このような状況のなかで、プロフェッショナルという観点から鍼灸師に求められるのが、情報公開と質の水準の確保です。しかし残念ながら今の日本の鍼灸業界では情報公開がかなり遅れています。効果については学会などで議論されていますが、費用面については今回私もいろいろと試みましたが、全体として鍼灸にどれだけのお金が使われているかといったデータを整備することは至難の技でした。医療分野だけでなく、普通の産業でもそれぞれ業界全体の売上高はいくらになっているかをきちんと調べ、そのデータに基づいて業界の発展を考えています。また、質の水準の確保については、一人ひとりが研鑽を積んで能力を引き上げるだけでなく、全体的な水準を維持、向上させていくことが大切だと思います。
 鍼灸の費用を保険の取り扱いからみると平成九年は約六十三億円で、これは鍼灸、マッサージ、指圧、その他各種を重複させた推計です。保険診療と自由診療との関係についてもう少し詳しくみるため、鍼灸師などの都道府県別分布を調べてみたところ、人口十万あたりで比較的鍼灸師、マッーサージ師がたくさんいる地域は、鍼灸師一人あたりの保険の取り扱い件数も大変多いことがわかりました。もし今後、鍼灸師の数が一定割合で増えていった場合、このまま自由診療中心で進めていけば、頭打ちをする可能性が高いでしょう。これから鍼灸に対するニーズがさらに高まると予測されるなか、保険適用をどのように考えていくかが重要な課題となります。
 現在、保険適用は五分の一ぐらいを占めるといわれますが、国民にとって保険で給付してもらうことは大きな福音となります。なぜなら、自由診療の場合は国民にはいくらお金を取られるかが分からないからです。医療のような専門性の高い分野は、誰でも勝手にやりたい人が自由にできるという普通の商品の売買とは異なり、資格制度があります。そして、資格制度があるほどの専門的な医療の中身はよく知り得ないが、その料金は患者にとって納得のいくものでなければなりません。そういう観点から今後必要なのは、単にサービスを受ける相手との一対一の場ではなく、国民全体に鍼灸には適切な料金がつけられているという納得を生み出していくことです。

 保険適用が自由診療拡大に

 そして、国民はおそらく鍼灸を保険の取り扱いの対象にしてほしいと考えているでしょうが、自由診療で続ける限り潜在的ニーズが顕在化するということは難しいと思います。自由診療の必要性もありますが、ただ歯科などの経験から保険診療になることで、国民への普及度、認知度が高まり、さらに自由診療を拡大することにもなります。
 鍼灸業界に保険適用を拡大するためには、標準的な質の維持という条件も必要です。これが可能になると、質への信認が国民に広がり、全体として鍼灸に対する需要が拡大するということになります。
 質を評価するためには、学会などではすでに用いられている、いわゆる西洋医学的手法、西洋哲学的手法が不可欠です。具体的にはランダム化比較対照試験で、治療するグループとしないグループとに分けて年齢などを同じように配分し、治療法に効果があるかどうかを調べるという方法です。さらに経済の専門用語でいう、フィッシャー統計学に基づく分析手法も医学の分野では避けて通れないものとなっています。しかし、他方でこういった評価方法がいろいろな分野で疑いが持たれてきているのも事実です。
 説明責任という観点からいろいろな費用対効果を調べていく必要がありますが、特に重要なのはどのように質を評価するかです。ここで私が提唱したいのは、一方で西洋医学的な手法に基づく効果を立証する努力を重ねつつ、特に鍼灸に関しては、同時に患者の満足度がどのように推移していくかを長期的に検証していくという方法です。
 実は満足度に関しては、それぞれの疾病、disease specific(疾病ごとの特質的なもの)な尺度というのが世界的には重視されています。そしてさらに、generic(一般的な尺度での疾病間の比較)が必要であるともいわれていますが、それは経済的評価との関連があるからです。ご承知のように経済的評価を指標とするためには、円なら円、ドルならドルという唯一一元的な尺度を用いる必要があります。具体的には、ガンの疼痛と偏頭痛の痛みを共同測定できる尺度というものを開発しなければならないということです。どちらがより痛いかを共通の尺度で測定した上で、医療費との関連を調べてもっと痛みを無くすための研究を行い、ガンの疼痛と偏頭痛のどちらの治療にお金をかけた方がいいのかといった議論を展開していきます。

 鍼灸の費用対効果は高い

 さらにもう一つ費用対効果を測定するという必要に迫られて出てきたのがEQ5D(ユーロコル)という尺度です。このような満足度調査と科学的調査というものを併用していくことが必要ではないかと思います。特に私の鍼灸に対する調査のなかで、一時的な満足感は提供しますが、持続性がないという批判がありました。私は今後、鍼灸が長期にわたる満足度をもたらすという効果を裏付けるために、治療を受けたときの満足度の変化を調べることが重要な課題だと考えています。それと同時に、経済的な費用対効果との関係をみていく必要もあります。私は鍼灸に関しては費用対効果はかなり高いのではないかと思います。
 その場その場の主観的な判断だけを考えていては、業界の発展に結びつかないと思われがちですが、同じ主観的判断が、国民全体が共有できるようなものになっていくことが鍼灸の発展にとっては重要です。言い方を変えると主観的判断も多くの人が共有し、そして永続すれば、いわば客観的な判断基準になるということです。そして、それが鍼灸業界だけでなく、国民からみても必要ではないかと考えています。

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