癌患者が院長相手に賠償訴訟

「鍼で癌が治ると言われた」、「非常識なこと言うはずない」
 診療契約は「手段債務」か「結果債務」か
 結果債務なら医療の硬直化招く恐れ

日本鍼灸マッサージ新聞 01.10.10.

 新潟市内の女性が、再発したガンが摘出手術を受けられないまで進行したのは「鍼灸治療でガンが治る」といわれたためとして、同市内鍼灸院のT院長夫妻を相手に約1千万円の損害賠償を求める訴訟を起こした。
 新潟地裁に提訴した女性Yさん(53)は平成10年10月に卵巣ガンにより卵巣と子宮を全摘出、さらに翌年11月に手術後の病状確認手術でガンが発見され摘出手術を受ける。平成12年11月17日、肝臓の外側に約2a大のガン転移が判明、医師から摘出手術を勧められる。転移が判明した同日に「鍼灸でガンが治ると聞いてきた」とT院長の鍼灸院を訪れ、平成13年1月までに19回の鍼灸治療を受ける。平成13年2月、医師の診断により肝臓のガンが4aに成長、周辺にガンの拡散が確認され、外科的手術ができない状況と判明。
 訴状によると、T院長らは「鍼灸治療によりガンを治癒したことがないにもかかわらず、あたかも治癒たことがあるかのように原告に告げた」「鍼灸治療によりガンが治癒していなかったにもかかわらず、あたかも現に治癒または快方に向かっているかのように告げた」とし、これらを欺罔行為(不法行為)とし、上記のことを原告に告知すべき注意義務を怠ったとして、診療契約にもとづく注意義務違反(債務不履行)で訴えている。
 一方、被告のT院長らは「鍼でガンが治るとは言えない。2度の手術後に再発しているので治療は引き受けられない」と断わったが、「医師は信用できない。行くところがない」と原告に哀願され、「1カ月間の鍼治療の後に病院で検査を受け、医師の判断に従うという約束で治療を開始した」としている。そして平成13年1月、原告に「病院へ検査に行ってもいいか」と聞かれ、そうするようすすめたが、同月末ごろ検査結果を尋ねたところ、実際には原告は病院へは行っておらず、ガンの成長と拡散にいたったとしている。
 この訴訟では欺罔行為について原告と被告双方の主張が真っ向から対立している。原告側は「鍼でガンが治る」「病院へは行くな」「快方に向かつている」と院長らに言われ、誤信させられたとしている。一方の被告側は患者に過大な期待を持たせたり病院へは行くなという非常識なことを、看板を掲げ地域に根付いて治療を行う医療従事者が口にするはずがないと主張している。このため訴状にある欺罔行為は「言った、言わない」の水掛け論で、裁判所の判断を仰ぐしかない。
 このため同訴訟で注目されるのは債務不履行の項目であり、原告側は双方の間には鍼施術診療契約(以上、診療契約)が締結されており、債務不履行はこの診療契約に対する不履行であると主張している点。同訴訟における診療契約を原告側が「請負契約」とし、今後の法廷で診療契約の法的解釈が争点になる可能性がある。請負契約とは一定の結果達成を約束するものであり、例えば工務店が住宅を 建てるのは施主との間に完成を約束した請負契約で、住宅を完成させなければ契約の債務不履行となる。、
 一方、一般の医療領域では診療契約の性質を準委任契約(民法656条)と解するのが通説であり、判例の多くもこの立場を採用している。法律上、患者が診療を依頼し医療従事者が引き受けたときに契約が締結されたものとされ、同時に権利義務関係が発生する。この締結された契約は準委任契約と解されるため、診療側が負う債務は善管注意義務(民法644条)に従って医学界の水準に対応して医療行為を実施する「手段債務」であり、請負契約のように治癒を成功させる義務「結果債務」までは負っていないとされている。このため新潟の訴訟では鍼灸院院長の診療契約における債務が「手段債務」か「結果債務」なのかが争われる可能性がある。
 同訴訟で被告になったT院長は自身の立場に過誤は無かったとしながらも、反省すべき点として、1月に患者が検査を受けたかどうかをはつきり確認しなかったこと、検査を受けるようもっと強く指導すべきだったことをあげている。患者が結果を恐れて検査を敬遠することはよくあることだが、それでも説得と指導を繰り返すのが、鍼灸など医療従事者の務めである。
 同訴訟は患者に対するインフォームドコンセントの重要さを、改めて認識させるものである。また、訴訟
の結果、診療契約が請負契約だとの判断が下されれば、今回のケースではT院長は患者のガン治癒という「結果債務」の不履行を問われることになるが、鍼灸治療に限らずあらゆる医療行為は「結果」を求められることになり、医療行為が硬直化することにつながる。

【準委任】民法656条
本節ノ規定ハ法律行為二非サル事務ノ委託二之ヲ準用ス
【受任者の注意義務】(善管注意義務)民法644条
受任者ハ委任ノ本旨二従ヒ善良ナル管理者ノ注意ヲ以テ委任事務ヲ処理スル義務ヲ負フ

日本鍼灸マッサージ新聞へ

研修会記録目次へ

はり・きゅう・マッサージのひろばへ