『 全人医療と鍼灸マッサージ
―右手に鍼を、左手にカウンセリングを―
鍼灸手技療法の向ホメオスタシス効果と
カウンセリング』
日東医学術大会 特別講演
国立浜松医科大学保健管理センター所長 永田 勝太郎
日本鍼灸マッサージ新聞 0111.10.
いま、鍼は世界的に認められています。ドイツでもフランスでもスペインでも鍼はさかんです。そしてアメリカでは鍼が大ブームです。世界では「鍼は効く。効く事はわかった。ではなぜ効くかのエビデンスを明らかにしてほしい」と言っています。そこでこの目本東洋医学系物理療法学会の出番です。日本の鍼の知恵を世界中に広めていただきたい。
鍼の効果をより高めるためには、ただ機械的に鍼を打つのではなく鍼灸師という人間が鍼を打つということを認識していただきたい。鍼灸マッサージ師として患者さんにどのようにアプローチするのか、どう心理的に接触するのかを考えてほしいのです。そのためのカウンセリングについてお話しします。
鍼灸マッサージ師は患者さんをどのように理解するのかがポイントです。私や鍼灸マッサージ師たちは患者さんを生活者としてみています。生活者とは手があって心臓があって肝臓があってという、いわゆる身体的人間を意味します。それと同時に、その患者さんには独自の性格・生い立ち・生活があります。怒りっぽい人なのか穏やかな人なのか、やさしい親に育てられたのか厳しく躾られたのか、そしてその人独自の生活環境やライフスタイルがあります。ライフスタイルとは生活習慣であり、この生活習慣が人間を作り、病気を作ります。
生活習慣にはその人の性格が密接にからんでいますが、それだけでなく、私たちはいろいろな社会環境の中で生まれ育ってきています。同じ日本でも北と南では環境が違います。さらに、それぞれの家庭環境もあります。そこで身体・心理・社会の3つの方向から人間を理解しようというのがWHOの本来の考え方でした。私はこの考え方をさらに進めて「人間らしさ、生きる意味、生きがい」を持った生物が人間であると考えています。いま、WHOは身体・心理・社会にスピリチュアル・ケアを加えています。人間は身体・心理・社会の3つだけでは十分に理解できません。ブタやウシにも身体・心理・社会があります。しかし、人間は生きがいを追求する生物であり、人間にとって生きがいはとても大切なものです。だから私たちは身体・心理・社会、そして生きがいという、4つの方向から患者さんを理解しなければいけません。この4つ全部がまとまったものが患者さんの生活なのです。ですから鍼灸マッサージ師は絶えず患者さん独自の生活というものを頭に置きながら、患者理解を深めなければならないのです。鍼灸マッサージ師は鍼灸マッサージをしながらいろいろと患者さんに話しかけています。これは世間話を通じて相手の心の中に入っていく方法です。
私は患者さんに必ず「痛みが治ったらどうしたいですか」と、たずねます。たいていの患者さんは「痛くて考えられない」と答えますが、何度も何度も繰り返し「この痛みが取れたら何をしたいですか」と聞きます。これがカウンセリングのボイントで、肝心なことは何度でも問いかけるのです。
アウシュビッツを生き抜いたビクトール・フランクル博士に『人は生まれながらにして生きる意味を持っている。ただそれに気付いていないだけ』という言葉があります。私たちは患者さんとのやりとりの中で、患者さんが本来もっている生きる意味に気付かせることが大事なのです。私たちが無理やり気付かせるのではなく、患者さん自身から気付くようにするのです。この痛みの中で何ができるのか、この身体で何ができるのか、この境遇で何ができるのか、患者さん自身に気付かせることが大切なのです。
人は社会的存在です。その社会に対して何ができるかについて議論するのが、実存分析療法の方法論です。カウンセリングではその人の性格を変えようとか、生活習慣を変えようとか考える必要はありません。効率のいいカウンセリングとは、その人が社会の中で何ができるのかを、患者さんといっしょに考えることです。そして、何ができるのかを気付かせ、そのために早く元気になろう、早く痛みを取って社会に出よう、と気付かせればいいのです。これに気付いてもらえれば、ほぼカウンセリングは完成です。カウシセリングはひとつも難しくありません。私たちが患者さんの立場に立って、いっしょになって患者さんの可能性を考えればいいのです。カウンセリングの極意は、患者さんにとって私たち一人ひとりが鏡になることです。人は自分自身を見ることはできません。他人のことはよく分かっても、自分のことは分かりません。だから相手の鏡になってあげることがカウンセリングなのです。
どんな人間にも必ず生きる意味があります。ただ気付かないだけです。それを気付かせるのがカウンセリングの役割です。「鍼灸マッサージ師は右手に鍼を、左手にカウンセリングを」、この言葉を私は先生たちに訴えたいのです。鍼の効果をより一層高めるために、患者さん一人ひとりに生きる意味を気付かせ、その人の可能性を引き出していただきたいのです。そうすることで患者さんの脳の中にもともとあって眠っているDHEA−S(生体個々が持つ生命力)が活性化します。右手の鍼と左手のカウンセリングでDHEA−Sを活性化させれば鍼灸マッサージの効果は2倍、3倍、4倍にもなります。
鍼灸学校が増えるなど鍼灸マッサージ業界は厳しくなつています。その中でも毎日予約で一杯の先生がいます。その先生は鍼灸マッサージが上手いだけでなく、患者さんの心をしっかりとつかんで、患者さんに生きる意味を気付かせているのです。
私は、もう一度お願いしたい。『右手に鍼を、左手にカウンセリングを』と。そして先生方の知恵を日本だけでなく世界の人たちのために使っていただきたいのです。
※ 「医療職はすべての患者の苦しみに共感し、その持てる職能を活かして、患者の問題解決に力を貸していかなければならない。その時、患者への全人的理解は必須である」とする永田勝太郎氏編著の『臨床のためのカウンセリング心理学』が、佐久書房から出版された。同書では、患者をいかに全人的に理解するかについて、それぞれの専門家が執筆している。執筆者はすべて全人的医療をめざしている臨床家で、記述は具休的で臨床の実際に即している。