4  (1、3の続き)


「おっと、やってくれる……」
何をされたのかを悟る暇もなく、体を巡る冷ややかな悪意の塊。
己の意思を離れて、早まる脈拍。
身体が崩れそうになるのに何とか耐え、もう一度大刀の柄を握りなおした。
急激に体力が奪われていく感覚。如何ともしがたい。
「毒計か……」
ぺ、と舌を出す。


「何とかしろ、左近」

背中から声が聞こえてくる、久しぶりの三成の声。
そうするのが当然のように聞こえる、さんざん聞いた変わらぬ声。


「そ〜言われましてもね〜」
「くだらん策にいつまでも掛かってやるつもりはない、早くなんとかしろ」
「けどですねえ……俺『毒消し』もってないですよ」
「何!?」
「仲間になったばっかりですから、そもそも『人徳』しかないですしねえ」
「『人徳』だけだとお! 使えんやつめ!!」
「睨まれても困ります、そういう殿はどうなんです」
「『人徳』だけだ」
「ツカエナイデスネ……い、今まで何やってたんですか!?」
「五月蝿い! 十分だろう」
「……ソウデスヨネ……十分ですよねえ……」
肩を落とす左近。ただでさえ落ちていた体力が一気にがくんと減った気がする。
「どうも能力が兼続と被るからな、自分は遠慮して後に回しただけだ」
「玉、ケチったんですね」
「ぐっ……兼続が悪い!!
勝手に休暇なんて取りおって、 戦国武将は年中無休だろうが!!」
「法事だからしょうがないですよ」
「しょうがなくな〜い!!」
三成、掴んで激しく揺さぶる。
「げほっ と、殿! 毒が回る!」
「だいたい貴様も『人徳』たあ何だ!! 何のつもりだ!!」
頭が回る、揺さぶられてだけとは言いがたく、鈍い痛みも伴って。

がくんがくん  くらくら

「だから、そう言われても……ってあんた元気ですな」
「当たり前だ、こんな毒ごときで苦しむ姿を見せたりなぞせん!」
「意地ですか」
「悩ましげだからだ!!」
「何ですかそれは!!」

がっくんがっくん


激しく揺さぶられ、
そして唐突に手が止まる。


「げほっ、殿?」
「く、お、れが……こんな、毒、ご、とき……に……」
見ている前で、三成の身体がゆっくりと傾いていく。
「殿!? そりゃ毒も回りますよ、自業自得ですよ〜!!」
左近は叫びつつ、手を伸ばした。
その手が届こうか、という所で手を止める。
「ん?」
「うう……感覚も、無くなったようだ……ふ、俺がこんな所で……」
よろよろ、と歩きながら、三成の独白。
「っ……幸村……お前の勇姿を、その隣で見て、いたかった……
炎まく戦場でその身が煌く時も、遍く天下にその名が称えられる時も、隣で……」
「殿……」
「ああ……輝きといえども、瑠璃……咆哮といえどもも、雪の中の獣」




「瑠璃?」
「いいえ、気にしなくていいですよ〜殿、ちょっとはしゃぎ過ぎてるだけですから」
「はしゃぐ? 三成殿が?」
槍を立てたまま幸村が首を傾げる。
「敵の武将倒したんですね、助かりましたよ」
「はい、左近殿はご無事……無事?」
幸村は、片手を振って答える左近の顔を見つめる。浮かんでいる笑み。消耗してみえる。
「ああ、大丈夫ですよ……ほとんど敵のせいではないですから」
「はい?」
「はは……『三成を頼むぞ』ってこういうことですか……」
乾いた笑い声が辺りに響いた。


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5  (1、3、4の続き)


傭兵隊を率いる真田幸村。
戦い終わって鎧を脱ぎげば、がらり、と雰囲気が変わる、
目を細めて屋敷の外を眺める姿はどこまでも穏やかで、
血風の中で見せる鬼神のごとき鋭さは全てその身に収めたか、
穏やかな笑みのままゆっくりと振り返った。
その笑顔の向けられる先には、二人の腹心とでも言うべき仲間たち。

「左近殿! 力を貸して下さり、ありがとうございます!」
その笑顔に知らずつられながら、島左近、片手を上げて応える。
「いやいや、俺は横で好き勝手口出させて貰うつもりですからねえ
幸村にとっちゃ、これから喧しいだけかも知れませんぜ」
「それは心強いです」
「ふん……」
ち、と左近を睨んで三成、そっと幸村の手をとろうと、する。
び、と返して広がる扇。
「幸村、これからは俺とお前の将来のために、その知略を尽くしてくれるそうだ」
「おお! 我らのために!」
「……ん〜」
首をひねる左近。こっそりと三成に顔を寄せる。
「殿……あれだけ色々いってたくせに、何も進展してなかったんですか」
「…………」
そっぽを向いた。


「そうだ、幸村。流石に敬語は止めてもらいましょうか」
「え……しかし……」
「頭はあんたです。示しが付きませんからね」
「幸村は、俺や兼続に対しても変わらんのだ。
お前一人だけ特別な幸村で、近付く距離に新鮮なときめきなぞさせてたまるか!」
ぺし、と叩かれる。
「理不尽ですよ……」
「示しというなら、そもそも幸村を呼び捨てにするな。
あと、俺を『殿』と呼ぶのもな」
「お〜、そういえばそうですね」
じゃあ……

「三成」



「だっ、駄目です!!!!」



「……さん、って……おや?」
「幸村?」
「あ……」
目を丸くする元主従、幸村は口を押さえながら後ずさる。
「あ、あの……ごめんなさい!」

と叫んで走り去った。



「ゆ、幸村……一体どうしたんだ?」
呆然と後を見送る三成に、左近は大きくため息。
「殿……殿まで鈍くなっちゃあ、それこそどうにもなりませんよ?」
「だれが鈍いって?」
「殿」


「……幸村が……焼き餅でも焼いた、ように、見えたり、気がしたり」
こくこく、と左近は首を縦に振る。


ばっ


「どどどどどっちにだ!!!!」
「ぎゃ〜!?」



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6 (5 のおまけ)


「どっちにだ、おらー!!」
「ぎゃ〜〜!!」
響き渡る悲鳴。


「ただいま帰ったぞ! ふう〜、やっと一息ついた」
二人の傍らを抜けてどっかと座る。
「親戚一同あつまると、流石に疲れるな。
そうそう、土産もあるのだ、傷む前に皆で分けよう」


「うりゃうりゃあ!!」
「いだだいだいだ、も、モミアゲ引っ張るのはやめてください!!
そしてこの状況下で落ち着くのはやめてください!! 兼続さん!!」
「うむ、その状況がよくわからんのだ」
三成と左近とを順番に眺めて、兼続、一人頷く。
わかんないから、ほっとこう。
「止めてください!!」
左近は必死に叫ぶ。
「む」
眉間にしわを寄せて、三成を眺め。


「……さっき外で幸村にあったのだ、よくわからんが、何だか落ち込んでいたぞ」
「何!?」





どたどたどたどた……と遠くなる足音。

「……助かりましたよ」
顔をなでつつ、左近も兼続の隣に座った。
「まあ、何より、幸村に聞けばいいんですからねえ……」
聞ければですが、とモミアゲをさする。
「む、わかったぞ」
「え? わかったんですか?」

「左近はモミアゲが弱点なのだな……新事実だ」
「え〜と……」
どう答えればいいんだ、と思ううちに、兼続は懐から帳面を取り出す。
「な、何を書き留めてるんですか!?」
「ああ、左近のことも大々的に扱うつもりだ」
「だから何をです。何をするつもりです!?」
「われらのこの戦い……先はどうなるかはわからぬとはいえ、必ず義の世訪れると信じている!
ならばこそ、この今ある日々を書き記し、いずれ後の世に受け継ぐべし」
きらーん、と目が光った気がした。
「真田の義士、幸村と仲間たちのだいぼうけん、私の文が老若男女に語り継がれ、子どもたちは幸村ごっこで少年時代をすごすのだ」
「幸村ごっこ?」
野望が見える。
「……って、そこに今何を書きました!? 俺の何を書き残すつもりですか!?」
「島左近、大刀を自在に振るう知勇兼備の士、たまには軍師、弱点はモミアゲ」
「止めてください」
早めに気付いてよかった。
白い帳面に向かって手を伸ばす。
兼続、座ったままくるりと向きを変える。
「…………兼続殿」
く、と決意を込めて口を結ぶ。これは、必ず止めねば。


「これは弱点じゃないですよ、当たり前じゃないですか」
右側のモミアゲを指しながら、諭す。
「こんなの引っ張られりゃ誰だって痛いですって」
そ〜でしょう、ね〜?


「………………」
「………………」


「島左近、大刀を自在に振るう知勇兼備の士、たまには軍師、弱点は石田三成」
「…………くっ」


何故か敗北した。



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