「うわああっ、や、や、ら、れ、たあああ」

がばっ、と片手で腹を押さえて、覆面で覆われた頭を大きく仰け反らせる。
天へと突き出される右の腕、ぶるぶると震えて。
ぽた、と白いものが地面に落とされる。
「ああああっ!! 密書が! 苦労して奪った機密文書がああぁ!」
び、と腹を押さえていたほうの手で指差して

どろん

そうして
眼を丸くして事態を見守っていた幸村の視界から、掻き消える隠密頭。




「え〜と……」
槍を突き出した格好のまま、眼を瞬かせる傭兵幸村。
「……これで、いいのかな?」
「流石だな、幸村。こんなに早くミッションをこなすとは」
パタパタと扇を仰ぎながら、満足げな傭兵三成。
「後は、あの密書を依頼主に渡せば終わりだな」
「本当に終わりでしょうか? なんだか、怪しかったんですが」
「心配するな、幸村。あの中身がどうだろうが、俺が必ず絶対確実に玉をふんだく……
いや、正当なる報酬を受け取ってこよう」
「やっぱり、怪しいんですね……」
「お前が気に病むことなどない」
「いえ、気に病むというほどでもないですが」
「俺に任せろ、幸村」
「そう言われましても」


「お前もちょっと怪しいぞ、三成」
「あ、兼続殿」
「幸村、今はお前の部下なのだ! 兼続と呼んでくれればいいぞ!」
「兼続……俺は別に怪しくなどない。というか、貴様に言われたくない」
「三成、言っておくことがある」
「なんだ?」
「私は、お前より早く幸村とともに義と友情を誓ったのだ、兼続先輩と呼ぶべきだろう!」
「断る。大した差でもないのに偉そうな奴め」
「まあ、呼び方なんて、実はどっちでもいいんだがな」
「なら何故言う!? 自慢したかっただけか!」
「全く……仲間になったとたんに浮かれてからに……情けないぞ、三成」
「浮かれてなぞない! うきうきなどではない!」
「うきうきなのだな」
「違う!」
「私も嬉しいぞ、三成!!」
「ち〜がう〜!!」


「どうしようか……中身を見るわけにもいかないし……」
考えに没頭して、2人の騒ぎには気付かない幸村
手に持った白い封書を見下ろしながら、膨らむ疑惑。

『なあんも書いてなんかないからのう、見るでないぞ〜  密書』

「…………」
思い留まれたけど、
ちょっとだけ、開いてみたくなった。






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一つの城と多くの猛者を巻き込んだ、大規模な戦いがあったという。
何時であったのか、何処であったのか。
知将、勇将あまた揃い、知略を武運を尽くしあう、世に残る……ようで、全く欠片も伝わらない。
だからいいやと、結構やりたい放題に。主に主宰者の性格により。
一人の挑みし者のため。
大規模な模擬戦があったという。全く欠片も伝わらないけれど。



「うへへへ〜」
「……嬉しそうだなあ……叔父貴」
「うげ、慶次」
「ごあいさつだねえ」
「わりいな……反射的に、つい……」
「俺は、別に何もしやしないぜ」
「そうか? うん、まあいいか……ふ、ふふふ、へへへへ」
「にやけてるねえ、赤母衣衆筆頭に選ばれたのがそんなに嬉しいのかねえ」
「それもだけどなあ〜叔父貴がなあ〜『腕を上げたな』ってな〜〜」
「そうかいそうかい、まあまあ、とにかく叔父貴、このまんまじゃ風邪引くぜ?」
「ん?」
「風呂に入ったほうがいいと思うんだがなあ」
「!!!!」

利家、大きく飛びずさって走り出すが、外に出たところで立ち止まる。
あたり一面の白銀の世界。

「はくしょい!!」

ぶるり、と震えると、そこで名を呼ぶ声がする。
辺りを見回すが、人影はない。それでも空耳とは思えない、はっきりとした声がもう1度聞こえてくる。
「利家殿」
「声の人!! か、兼続さんだっけか? 一体何処から?」
「そうだ! 補足的あどばいすのため舞い戻ってきたのだ」
「いや、だから何処から……?」
「冷えた身体のままで居るのは良くない、風邪に限らずな」
「こんだけはっきり聞こえるのに、気配すらわからねえってのがな……」
「ずっと雪の中に居た上、水を浴びたというのに、ろくに乾かしていないだろう?
体調を整えるのも武士の心得。風呂に入った後、暖かな食事を取るべきだぞ」
「風呂……」
顔を曇らせる利家。
「ふっ、慶次はもう水風呂に入れたりするようなことはせぬ」
「そ、そうかな」
「そうだとも、私は慶次を良く知っている」
「そうかな……少しは、あいつ……」
「同じネタを2度やるなど、傾奇者としての名が廃るというもの!」
「ネタ!? やっぱりなんかあるんだな!!」
叫ぶ利家、だが声は返らない。
「お〜い!!」
更に問いかけようとしたところで、近付く気配を感じて振り向いた。
そこに居たのは、直江兼続、ではなかった。


片目を隠し表情の読めぬ長い髪の男。
「……まだ、そんな格好でいたのか……」
ため息をつきながら足を止める。
「長宗我部……」
「身体を壊されては困る、第一水にぬれたのは俺のせいだからな」
「へ? いや、あれは……」
先ほどの模擬戦のことを思い出す。
突然の火計、燃え盛る炎。
そして水計、流れる水。
流される俺。
「……いや……あれはぁ……」
「見事な流され具合だったからな、流石に感心したものだ」
「…………」

嫌味なのかな? 表情も声の調子も一定で、さっぱりわからないんだが。
「あれだけ流されて、何処にも怪我をしていないのだろう? 水に慣れているわけでもないのにな」
「はあ……どうも」
褒められていたのかな

首を捻る利家に元親ずびし、と白い撥を突きつける。
「というわけで風呂に入るがいい、凄絶にな」
「凄絶? 風呂に?」
合わない言葉だ。
「風呂を用事したのは前田慶次ではない」
す、と三味線を構える。
「だがまあ、凄絶だったな」


べべん
「貴様の武運、祈っておこう」
べい〜〜ん べべべべ

鎮魂歌奏でながら、去っていった。


「武運? 風呂で?」
「ふむ――逃れえぬのはさだめ、だが抗う心を忘れぬことだ、と彼はいっているようだ」
またも聞こえてくる声。姿は見えないが兼続だ。
「……なにがなんだか……まあいいや、わかんねえけど止めとくわ、また今度……」
「逃げるのか」
「な、何ぃ!?」
「何がなんだかわからないのに、敵の姿も見もしないで、逃げるのか」
「逃げるわけじゃねえ! ……でも、何があるのかせめて教えてくんねえか?」
「なんだろうな?」
「はあ!?」
「私も知らんのだ、興味深い、何をされるのだろうな?」
「俺はダシか!!」




「福福しくなる今川の風呂に信玄、謙信両名の大宴会。
真っ白にされる上に、地獄……か、完全に玩具だな」
べべん
「せめて麻呂眉毛だけは抗えよ……」

べいぃ〜〜ん

悲壮な響きだった。






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3  (1の続き)



「このたびの真田殿の活躍を聞き及んで、我が殿より……」
「帰れ」


どかん


綺麗な、という表現は、この光景にそぐわしくはないだろうが、
綺麗に、爆破してのけた男。
わずかに風で捲れた羽織の裾を、優雅な手つきでゆっくりと元に戻す。
涼しい顔で手に持った扇を振り、ぱちり、と閉じた。


「ふ、また、くだらぬものを爆ぜてしまったな」
「今のは、大名からの仕官の使者だったのではないか?」
兼続が屋敷の奥から姿を現し、門前でふんぞり返っている三成の隣に並んだ。


ここは、真田幸村率いる傭兵隊が新しく本拠としている屋敷の前。
新しい、けれどその門は急速に朽ちてしまいそうだった。


「さて、次に備えて新しい地雷を埋めておくか」
三成、せっせと土木作業。
「それは、敵の襲撃に備えてのものではなかったのだな」
「あれは敵だ」
「お前にとってはな……折角の仕官の機会が……」
「どこの馬の骨とも知れぬ輩に仕官するわけにはいかん、これは大事なことだぞ」
「馬の骨かどうかも聞いてないじゃないか」
「顔が気に喰わん」
「三成……たとえ織田や武田が来ても、そもそも仕官する気はないんだな」
「当たり前だ!! 冗談じゃない!!」
びし、と扇を突きつけながら、叫ぶ三成。
「新入りとして入った幸村が、嫉まれ、いじめられたらどうするんだ!!」

もちろん爆破する。

「幸村が部下なのをいいことに、セクハラでもされたらどうするのだ!!」

もちろん爆破する。

「……仕官せぬほうがいいかもな」
「それ見ろ!!」
「相手のために、なのだが……しかし、困ったな」
「ん? 心配するな、俺が決して困窮はさせぬ。この爆弾の出所は秘密だが」
「…………私が、止めねばならんのか…………?」
どう見ても、なにかが外れてしまったとしか思えぬ友の姿。
兼続、一人愕然と空を仰いだ。





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