16


ざっ、と音を立てて、捕らえた男の身体が地面に押し付けられる。
その眼前に突きつけられる槍の穂先。そして全身に突き刺さるのは敵意に満ちた眼差し。

乱暴な手つきで力任せに押さえつけられながらも、男は僅かなうめきを洩らしたばかりで、声を出すこともなく、見上げている。
「わしの屋敷のものは皆気が荒いものでな……
本来なら、このまま、八つ裂きにでもしてやるところだが……答えよ」
その正面に長い昆をもって立ち、見下ろす清正。
ざっ と、昆を突きつける。
「目的は何だ? 仲間はどれだけいる? ……誰に、頼まれた」

言え

辺りを震わせる、短い言葉
刺客の男の身体が震え、押さえつけていた若い家臣の顔も青ざめる。
目の前の仁王のような男から顔をそらし、しかし、男は口を引き結んだままやはり答えない。



ぶん と空のうなる音を立てて、昆を振る。



「あの……おねね様」
続いて聞こえてきたのは、ひどく情けない声。
「そこから、降りてきてください……その」
そう言って見上げる屋根の上。
「あ、もう! 見つけないでくれよ。折角隠れて待ってるのに」
「隠れてというか……あの、待つとは?」
「清正の危機」
言い切った。
「は!?」
「こ〜いう場面だと、起こるのは、あれじゃないかい」
屋根の上で胸をそらし。
「正体不明の敵! いざ、捕らえて口を割らせんとすると、どこからか飛来する刃!
それは、非常なる敵の口封じ!……ってことで、そろそろ飛んでこないかねえ」
きょろきょろ
「清正が巻き込まれるんじゃないかと思って、大丈夫、あたしがちゃんと護ってやるから」
「……おねね様……」
さらに情けない声。


「先ほど、この辺りは一通り見ましたし、とりあえずは心配ないそうです」
屋根を伝って兼続が現れる。
「幸村のところの忍に会いました」
「ああ! 無事だったんだね」
「……まあ、多分」
「……なんだい、心配になる言いかただねえ」
「いいから、下りてきてくだされい」


おじゃましま〜す、と声を掛け。屋敷の庭に飛び降りてきた二人。
刺客の男を囲んだまま、なぜかわいわいと

「まあ、おねね様が言いたかったのは、だ」
び、と人差し指を立てて語りだす兼続。
「その者、おそらく話したら話したで、今度は仲間からも命を狙われることになるのではないか、ということだ」
「なるほど! さすがおねね様!!」
苦しいけど、納得する清正。
「でも別に狙われたところで、構いませぬぞ
はっ! そうですな……いや、さすがおねね様はお優しい!!」
「いや……滅多なことではしゃべらんだろう、ということで……」
「そうだねえ……ここは、黄金を積もうかね?」
「あんまり義っぽくないですな!
おねね様のお説教で、改心させるというのはどうですか」
「そんな、何てうらやましい!!」


その時、びび! と囲んでいた清正の家臣の一人が挙手。
「わざと隙を作って逃がし、泳がせてみるというのはどうでしょうか
でもって、仲間と接触したところでまとめて、ぶちっ ですぞ!」
「う〜ん、背後関係まではわからないんじゃないかい?」
「次!」
「はい! そもそも、こいつがどの程度のことを知っているか……
もっと偉そうなやつを捕まえてからにしませんか?」
「ぬ! たしかに下っ端ぽい感じですな、顔とか」
「そうだねえ」
「いやいや、人は見かけによらぬといいますよ」
「……どうでもいいが」

地面から這うような……いや、地面に這っての男の声。

「当人の居るところで、話し合うようなことか」
「ま! 口を開いたと思ったら、そんな憎まれ口を!」
「いや……けっこうまともな突っ込みですぞ」
われに返る清正。
「やはり、最初の方法でやりまするぞ……おねね様」
お下がりください

じゃきり、と再び刃先が突きつけられる。




珍しくも、口を閉じて様子を見守っていた兼続、ふう、と息を吐き出して、
「あまり、使いたくはなかったが……これを使うか」
うつむけば、長い前髪がその顔に影を作る。
隠れていく表情。

兼続は懐から一つの小さな壜を取り出し、男の前にしゃがみ込んだ。
「これは、何だと思う?」
「……まさか……!」
自白剤!?
「これは、本来直江の家に伝わる特別なものでな、上杉の者でも、景勝様も、詳しくは知らぬ」
男の前で、壜を振ってみせる。
「そんじょそこらの、代物とは違うぞ……試してみるかな?」
「そんなもの、口にするものか」
「特別製だ、といわなかったか? これは身体の中に入りさえすればよいのだ
目からであれ、鼻からであれ。
どうだ? 口を閉じ、目を閉じ……暗闇の中、息を止めて
ただ、じわじわと、壊されていくだけ……何時まで、耐えられるかな?」
男の耳元に顔をよせ、囁くように語り掛ける。
その声も、いつもとは違い、どこまでも淡々とした静かなもの。
「そうして、仲間が見つけ出すのは変わり果てた貴様の姿というわけだ
ふっ……よかったな、お優しい貴様の仲間たちも、貴様を殺そうとは思わんであろうよ」
すっ と立ち上がり、それから手の中で小さな壜を玩びながら、男の周りをゆっくり、 一歩、一歩……と歩き出す。
長い前髪が、その度にゆれる、その下で、にやり。
男は、青ざめながらも魅入られたように、その表情から目を離せないでいた。


「兼続、あんな悪そうな表情も出来たんだねえ……
ああしてみると、やっぱり美人なんだねえ……どきどきするよ」
「んな!? おねね様!!」




「あ、しまった!」
つるがちゃん
「「「あ」」」




「うぎゃ〜〜!! って、痛痛痛痛〜!!」
「なんじゃこりゃ!?」




「う〜む、しまった……やはり慣れぬ真似はするもんじゃないな」
「ありゃ、痛そうだねえ」
「まあ唐辛子ですし、相当痛いでしょうな。しかし困ったな……」
「そうだねえ」
「後で加藤殿への土産にするつもりだったのだが……また駄目にしてしまった、どうするかな?」
「そういう心配なのかい?」




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17


「……ら!! 幸村!!」

声が聞こえる、ただ、名を呼ぶ声が。



――ジジ……



「幸村!!」

「……すい、ません……」
ゆっくりと顔を上げる。上がっている、はず。

視界に広がる、あの人の顔
心配そうな瞳が見下ろしていた。



――ジジジジジ……



「大丈夫、です」
「大丈夫なものか」
「これは、返り血です……ほとんど」
「……腫れている」
三成の声が震える。
「ひどく腫れているぞ……動くな幸村」
「……大丈夫なんです」


幻、だから
聞こえぬはずの音が混じり
見えぬはずの光景が混じる



――びっ、じじじじじじじ

(うるさいな)



痛みを頼りに腕をつき、ゆっくりと身体を起こす。
「ここだけですか?」
周りを見回しながら問いかける。
何分、今の視点ではこの場の状況すらろくに見渡せない。
囲まれているのはわかるのだが

護らねば、この方を。

「いや……」
構えた刃の先を睨みながら、三成が答える。
「兼続たちが、片付けてるだろうがな」
「わかりました」
小さくなった腕を見下ろして、幸村が一つうなづく。
「では、私を……」
壊れた塀のほうを向く、たちふさぐ襲撃者たちで、幸村には見えない。
「あっちへ、投げてくれますか?」
「…………」
三成は、無言
「違います。すべはあるのです。
ただ、今の私には遠いので……それから、道を開きます」
幸村の言葉
遮るように、すい と三成の身体が落ちて、瞬間風が行き過ぎる。
脚を押さえて、男がひとり跪いた。
振り切った脇差を、真っ直ぐ横につけてぴたりと止める。
それがきっかけとなったか、挟むようにして立っていた者が、ひとり
真っ直ぐに突き出される刀の切っ先

「三成殿!!」
「ちっ!!」
打ち払いながら、三成は声を上げる。
「そんな顔で言われてもな!! 幸村!……道を開くぞ、ともにな」

崩れて倒れる音がして、また再びその場の動きが止まる。
僅かに肩で息をして、三成は幸村へと手を伸ばした。

「三成殿……私はっ!……私は……『幸村』では……」
「幸村」

両手で優しく抱え上げる。
「……ようやくだな……」
ぽつり、とつぶやく。


ここまで来るのに、どれほど苦労するのやら。俺は。
小さな身体を、そっと寄せた。


「幸村……それに、な」
三成は僅かに顔を上げた。
「あの連中も、『お前』を護るようだぞ」


がぁん
狙撃音が響く。


そして飛び込んでくる影たち。
目に捉えられない動きで走り抜けたかと思うと、襲撃者たちが地面へと崩れ落ちる。
一方で、同じく飛び込んできた大男の張り手が、派手に響いて、大きく吹き飛ぶ。
幸村を護るものたち


「いいところは、もって行かれたな」
「……三成殿……」
腕の中で、小さな声。


「……幸村!?」




つづく    
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