11
むき出しの柱が天をつき、家であった物の破片があちらこちらと散らばっている。
鼻をつく焦げ臭さのなかに、はっきりと混じる火薬の臭い、
厳しい表情をした男たちがその中を歩き回っている。
「何をやっていたのだ、清正!!」
そのなか、一際人目を引く風貌の男が、苛立ちを隠そうともせず声を荒げている。
それに向かい合って背の高い男と、小柄な女性が一人
「……ワシが来た時は、すでにおらんかったんじゃ」
「何をやっていたかと聞いているのだ!」
「おちついておくれよ、三成」
ねねが間に割ってはいる。
「あっという間のことだったしさ
それに……清正のところはちょっと立て込んでたんだよ……」
ちょっと言いにくそうにねね
「ほう?立て込んでいた?
……そうでしょうねえ、突然どこのどなただかが、警備の目をぬすんで侵入してきたばかりだったようですからねえ」
三成の顔が怖い
「う……」
「いつもいつも言っているでしょう!! 少しは考えてくださいっ!!」
「わひゃ!!」
「三成!! おねね様になんと言ういいようだ!!」
さらに割ってはいる加藤清正
「そうやって甘やかすな!!」
「お前こそ何様じゃあ!!」
わあわあ
「ほう、賑やかだな」
どこからか兼続が姿を現す
「何処行ってたんだっ! 兼続!」
「うむ? 周りを回っていたのだが」
三成の苛立ちも何処吹く風で、兼続が答える
「あ、そうだよ。幸村は? 佐助君は?」
「さてな? 姿は見えん、襲撃者もな。争いのあった跡もなくなっていたそうだ」
「それは……跡が消されているのかい?」
「まだうろついているかもな。どっちも」
ねねの問いに、うんうんと頷く。
「なんと!?まだ危ないということか
おねね様、はよう安全なところへ。お送りしますぞ!」
慌てる清正にねねは首を振る
「2人が気になるよ」
「しかし……」
「そうですよ、これ以上邪魔になる前にどこかへ行ってください」
「三成っ、貴様!!」
顔色を変えた清正が三成に掴みかかる
「清正、やめなさい!!
三成……すまないね、ほんと迷惑かけるよ」
「おねね様……」
頭を下げるねねに、三成も緊張を解く
「清正も。三成は心配して言ってるんだよ……まあ、言い方はなんだけど」
「その言い方が問題なのですが!」
清正も手を離すが、まだ三成を睨み続けている
「喧嘩もいいけどねえ。でも2人とも兄弟みたいなものじゃないかい?
さ……虎之助、兄ちゃんにあやまんな」
幼名でよんで、その背を ぽん とたたく
「兄?」
「お前、今そこを問うか?」
首を傾げた兼続に三成もため息をつく
「俺のほうが2歳上だぞ」
「何!?」
大層驚く兼続
「じゃあ私よりも2年若いのか!
そうか……加藤殿……苦労されたのだな」
「な、なんじゃあ、その眼差しは!なんだか失礼じゃあ!!」
全くだ
「わしは別に老けとるわけではないぞ!」
自分で言った
「普通!これが普通ですぞ!
異様に若作りな連中と比べんでくれい!」
と力説するが
「若作り? 何をいっているんだ?」
「というか清正、命知らずだな……」
「へ?」
「全くだよ……虎」
「はう!?お、おねね……様?」
真っ白になった
「ふむふむ! 加藤殿、心配めさるな!
苦難も苦労も全ては!義あれば須らく解決!問題なし!」
白くなったままの清正の肩をバシバシ叩きながら兼続
「何をいきなり言い出すんだ、兼続」
「もちろん義を示そうというのだ!!」
びしり、と三成に向かって親指を立てる
「義あらばいつでも元気!! 今ある苦難すらも未来の力を生む印となるのだ!!」
「お前……あやしい勧誘みたいだぞ」
「今からそれを見せてみせよう! さあ、三成!!」
「は! 俺?!」
「今こそ義と愛の力を見せるときだぞ!」
「はあ!?」
「そうお前の『愛』の力で幸村を探し出すのだ!」
「ななな何言っ、愛!?」
「そうだ三成。今、幸村は危機の渦中にある。
無闇に焦って人にあたったりなどしている場合ではないぞ」
「!!……俺はっ……」
「おまえ自身の義、そして愛を信じるのだ!!『今ならできる』!」
「……兼続……」
「一心に己を信じ、幸村のことを思うのだ!三成!!」
「う〜ん、う〜ん……幸村……う〜ん」
「そうだ! ゆけい三成!!」
「な、なにやってるんでしょうな、あの2人……」
「清正……三成は今、変わろうとしているんだよ
今はただ、見守ってやらなけりゃならない、そう『家族』として……」
「み、見守るんですか?」
「う〜ん、幸村幸村幸村幸村……」
「もういっちょう!」
「幸村幸村幸村幸村幸村幸村幸村……」
「に、逃げ出したい……」
虎の目に、涙
つづく もどる
12
鼻腔をくすぐるのは甘く優しく整えられた香の香り
くらりくらりと神経をくすぐるのは匂うはずのない血の香り
甘くて甘くて
ひやりひやりと冴えて行く、この身の五感
(腹立たしい……)
「つまらないなあ」
ぽそり、とつぶやかれた言葉に周囲の男たちの間に緊張が走る。
「そう思わないかい?」
その中心にいる男は、言葉の割りにおかしそうに手の中に向かって笑いかけてくる。
真紅に塗られた唇が弧を描く。
それはもう、おかしそうに
「君の護衛はどうしてるかなあ……
久しぶりに斬りがいのありそうな奴だったのに」
ぷにぷに、と頬をつつきながら
「忍びだもんね、どうやったら正面から斬らしてくれるかなあ」
今度は頬をぐにぃ〜と引っ張って
「君に頼もうかな?
……しかしよく出来てるなあ」
「おい」
と、男の一人
「それはそのまま連れて来いとの話だ、おかしなことはするなよ」
「引っ張ってるだけだよ」
「それを止めろといっている」
「じゃあ斬るかい?」
「……金にならん」
「……ちぇ」
「でも助けがくるよね、絶対、君のこと。
絶対斬れるよね、今度こそ」
もう一度、いっそ優しげに真紅の弧を描く。
ふにふに、ぐにぃ〜〜〜
「…………」
感触が気に入ったらしい
なすがまま……それはいい、痛いんだけど。
(腹立たしい……)
たとえ想像の上であっても、
楽しそうに斬ったりなんかするんじゃない
冷え冷えと覚めていく感覚
ついでに思い出した
(すみません、おねね様)
思い出せば、腹立たしい
(すみません……ああもう)
『何も出来ないこの身』が腹立たしい
「……おやおや……」
つ、と細められる眼が
片手で幸村をぶら下げたまま
血のにじむもう片方の手を見下ろした。
つづく もどる
13
突如として、大きな影が音を上げて過ぎてゆく
だが、それは誰一人打ち払うことなく持ち主の手へと戻ってきた。
ちっ、と小さく舌打ちをして三成は、すぐさまこちらを囲むように動く男たちを睨む
誰も彼も身のこなしが尋常ではない、だがその背後を考えるよりも何よりも先に動いていた
(幸村……!)
再び扇を構えつつ、口を開く
「貴様ら!覚悟しろ!!」
びゅう、ともう一度
またもかわされる、が、今度は当てるのが目的ではない
敵の『陣形』が分断される
戻ってくる間も惜しく、三成は飛翔する扇に向かって走りだした。
びゅうぅ
分断された襲撃者たちはそのまま三手に分かれて駆け出した―――向かってくる三成とは逆の方向へ
その中で、立ったまま一歩も動かない異様な雰囲気の男が一人
まるで、その男から逃げ出すかのように放射状に駆けて行く襲撃者たち
くすり
と笑うと、その右腕が鋭く動く
その手から赤い色――丁度腕に抱えるほどの大きさの赤い色が飛んでいく
そのまま三手に分かれたひとつへと吸い込まれる
「幸村!?」
駆けながら三度戻ってきた得物を構える
一歩も動かない男
がきっ!
いつの間にか抜かれていた長い太刀と閉じられた大きな扇が咬み合う
ぎりりっ…………
消えぬ口唇の笑みが目に入り
三成は大きく舌打ちをする。
どんっ、と弾ける音が上がった
つづく
もどる
14
そびえる様に茂る背の高い草が、風もないのにゆらと揺れ動く
その元には男が二人、低い姿勢で素早く駆けてゆく
と、と立ち止まり険しい視線で空を見上げた
葦の葉越しに真新しい木の塀が続いているのが目に入る、人影はない
顔を見合わせ一つ頷いて、抱えるように下げていた短刀を拭う
白い紙が赤く滲んだ
そのとき、さっと頭上を小さなものが行き過ぎる
(虫か?)
見上げれば
パァン
「あっちだ!!」
「急げ!……応援をっ……!」
ざわざわざわ
「な……」
慌てて身を翻せば、また
ひゅう
パン!!
「!?」
「これは……囲まれたな……」
あせる同僚を尻目に、もう一人はゆっくりと刀の柄に手を掛ける
「破るぞ……今度もな」
「そうは行かん」
声とともに囲いが割れ、背の高い男が近づいてくる
その手には長い長い一本の昆
おもむろに、振り下ろす
ほぼ同時に男が刀を抜き放つのだが
ごっ
何よりも速く脳天に、堅い堅い木の衝撃が
ぐらり、と崩れ落ちる襲撃者の男
「ようもやってくれたものよ……」
怒りに光る眼で一瞥をくれる
「清正様!!」
ひゅ
残されたもう一人の男から飛来する一本のクナイ
「うお!?」
あわててかわす、が、もう一人の男は間をおかず続けて投げて放つ
ひゅ ひゅ ひゅ
ひゅぅん
パン
飛来する一枚の護符が男の顔の前で弾け
ごっ……
堅い堅い木の先が、男の胴の真ん中に突き刺さった
倒れた襲撃者たちを捕らえ屋敷へ連れて行くよう指示しながら
清正は―――見上げた
「…………本当に、あれで見つけるとは……三成……」
その声はどこか苦そうな
どこか、何かを諦めるかのような
「いや…………わしは……おねね様ぁ」
遠い目で、見上げた
「遠いねえ……良く見えるねえ」
目を眇めつつ、見下ろすおねね
「はっはっは!こう見えて結構目は良いのですよ」
並んで仁王立ちの兼続、高笑い
「天網恢恢、網の目を逃れる不義はなし!!」
びしり、と護符を構えた
二人が立つのは赤の他人の屋敷の屋根の上
ここに至るまでには色々あった
『断りを入れずに上がるわけにはいかん!』
『そうだねえ』
『『おじゃましま〜す』』
『ぎゃ〜!?……お、おねね様!?』
そんなに色々でもなかった(2人にとっては)
ぴょんぴょん飛び跳ねながらおねね
「あ、残りの連中はあれじゃない?」
「む、結構近かったですな……はっ!」
ばばばっ
三枚の護符が飛んで行く
それを眺めながら
「……思わぬ『試練』になっちゃったよ……」
と、肩をおとす
「む?」
「……なんでもないよ〜……」
「三成なら大丈夫ですよ」
護符の行く先を見つめたまま、兼続
「………うん」
「「…………」」
「ここに昇ったのって、連中の動きを見るため?」
「おねね様と同じです」
ふっ
「やっぱり高いとこから登場しなきゃね!」
「ですなあ!」
あっはっはっは
意気投合
つづく
もどる
15
弾けとんだ塀の破片とともに、明らかに質量の異なるものが自分に向けて飛翔するのを見て、体が意図とは逆にその瞬間止まってしまう。
(しまった!?)
強張る体、目の前で押し続けている白刃が大きく迫る。
ががっ
弾かれて落ちるのは拳大の金属塊
「へぇ!」
目の前の男は大きく刀を払い、と同時に大きく飛びずさる。
「やっと来てくれたね!!」
歓喜の声
思わず息をつきそうになるところ、三成は必死で鉄扇を塀の奥へ向ける。
遅れて、体を冷たい汗が流れるのを感じた。
「とりあえず、礼をいっておこうか」
その場にいるはずの人物へと声を掛ける。
今、自分に向かって飛んできたものを弾き落としたのは、その男。
三成には姿を捉えることは出来なかったが。
……どうも、自分に対しての死角となるように動いているようで
ざっ
先ほどまで自分に向けられていた大きな刃は、
迷うことなく自分の背後を薙いで行く。
「…………たのむ」
(わかっている)
一刃の後飛び込んでくる男、行き違う瞬間、耳に届く声。
三成は半壊した塀の奥へ走りこんだ。
(この先に、いる!!)
「幸村っ!!」
地に伏した小さなその身体は紅い
紅い――
血
「貴様ら!!」
気がつくと、腰の脇差を抜き放っていた。
手ごたえを感じるとともに、幸村を囲むように立っていた男の一人が腕を抑えて蹲る。
(抜いてしまったな……)
当人が吃驚
そりゃあもちろん、武士の端くれ、戦国の世
剣術の覚えもないわけでもなし
ただ、鉄砲や槍のような実用性を感じたことがなかったので、単なる権威か見せかけぐらいにしか思ってなかったのだ。
ましてや、自分は……
眼前に構えた刃が白銀色の光を放つ。
押されたように男の一人が半歩さがった。
少しずつ、少しずつ、近付いていく。
「…………みつなり……どの」
小さな声が聞こえるように。
つづく
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