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40

兼続「……このだんご、すこし味が違わないか? 口に入れたときの感触が微妙というか」
幸村「ああ……それで、そんな不機嫌な顔をしていたのですか」
兼続「え!? 違うぞ! それでは私がだんご一つで気分の左右される
   とっても子どもじみた人みたいではないか」
幸村「いえ、そこまでは思いませんが」
兼続「すまんな、私としたことが……幸村、無理して食べなくてもいいぞ」
幸村「別に無理してはいませんよ、もう一本いただきます」
兼続「む……ならば、すまんが残りのもう一包みも全部食べてくれんか、半分は私も貰うから」
幸村「……一気に増えましたね〜」
兼続「三成のところへも持っていくつもりだったのだが
   あいつ、結構だんごにはこだわるから……」
幸村「そうですか? あまり、あれこれ言ったりしないと思いますが」
兼続「言わんだけだ、気に入らなかったら、ほんっとに気に入らんからな
   しかし……だんご屋の主人の愛に陰りが生じるような何かがあったのではないだろうか……」
幸村「さきほど考えていたのは、その事だったのですね……心配ですね」
兼続「そうだ。心配だ……だんごが」
幸村「だんご屋の方じゃないんですか……」




兼続「幸村……このあと三成のところへ行くつもりなのだが……」
幸村「あ、はい! 一緒に買いに行きましょう。そのだんご屋へ」
兼続「……すまんな」



39

兼続「お〜い、三成。ぬか床貸してくれ」
三成「はあ!? ってなんだ、このきゅうりの山は!」
兼続「溢れんばかりの義の証!……とはいえちょっと困っててな
   漬物にでもしたいんで、ぬかどこを貸せ」
三成「……自分ちでやれ、そんなもん」
兼続「借りるだけだ」
三成「だからなあ……はあ、まあいい。一体どうしたんだこれは」
兼続「だから義の証だ! 実はな……」





兼続「おお! 愛する上杉の民よ!! 今日も義に溢れているか!!」
民「これはこれは直江様。暑い中今日も元気ですなあ」
兼続「む、私のことは気にするな。手は止めんでもいい、続けてくれ。
   今日は別に視察ではなく、単に不義が行われてないか回っているだけだ」
民「それが視察ではないんですか? まあいつものことですが」 (本当に気にしない)
兼続「しかし随分と立派に育ったものだな
  やはり、そなたの作物への愛が溢れているからかな!」
民「いや、別に何も溢れちゃいませんが……
  まあ、何事もなく無事に育ってくれるのはうれしいですよ」
兼続「そうか……」
民「今は、そうですなあ……
  こうして抜いても抜いても生えてくる、この草が困りものでして
  まあ、不義みたいなものですか」
兼続「不義!!」





兼続「と、いうわけで、お礼に少し貰ったのだ(ぼりぼり)」
三成「……お前……なんだか簡単に使われてないか?」
兼続「『義を見てせざるは』……というではないか」
三成「だからってなあ……多忙な政務の合間を縫って、何をやってるんだ」
兼続「というわけで、ぬかどこを貸せ、三成。返すあてはないが」
三成「俺に言われても困る、左近にでも言え。だが、これだけは言える」
兼続「うん?」
三成「返されても困るからな……勝手にしろ」







38

未だ昼の日差しの熱が引かぬ日暮れ時
五月蝿いほどの虫の声の中、暑い中ずっと開け放たれていた部屋から、
ようやく外の縁側へと這い出してきた頃合。
ふわふわと上下する扇からの風を、目を閉じて感じながら、隣に並んだ幸村の声を聞く。
他愛のない、小さい頃の思い出話。


「で、こっそり夜に子どもだけでその馬を見に行こうと……」
「へえぇ〜」
混じる声


「……邪魔です、おねね様」
「なんだい! またこの子は、いきなりそんな口を!」
「いきなりなのは、おねね様ですよ!」
目を開けてみれば、あろうことか、幸村との間にねねの姿。
見ればねねの手にも、金色に輝く小さな扇。なるほど、
「何時からだ!! 幸村!」
「え? 話の最初ぐらいからですが……」
ねねに向けて風を送りながら、困った顔の幸村
「三成殿が呼んだのではないのですか?」
「違う!」
叫んで、三成はねねを睨む
「何用ですか、おねね様! どうぜまた勝手に城を抜け出してきたんでしょう」
「勝手にじゃないよ〜 うちの人には言ってきたから」
「秀吉様……」
頭を抱える三成
「いいじゃないかい! ずるいよ、独り占めする気かい!」
「たまにはいいじゃないですか! 邪魔です!」
「また言ったね!」
にらみ合う2人、
ふっと、視線をそらしたのは、ねね
「……あたしも、ちょっと疲れててね……城では何かと気を使うし」
「あれで、気を遣っているとは思えませんでしたが」
「だからちょっと気分転換に」
「なんでうちなんです、迷惑です」
「も〜……」


はらはらと二人の話を聞いていた幸村の腕をとり、ぱっと自分の腕を絡める。
「はなっ!!」
青ざめる三成。
「三成があんなこというんだよ〜! 幸村、別にいてもいいよね!」
「え、あの、おねね様……」
くっついたまま、こそり、とねねは小さな声で告げる
「……こうしてたまに三成の怒鳴り声も、聞いてたいんだよ……」
「おねね様……」
というわけで、されるがままの幸村



「三成のあんな、にやけ……じゃない、え〜と……そう、優しい顔も見れたしね」
「顔がなんです!!」







37


兼続「邪魔するぞ三成〜……っと
   お前が不機嫌な顔をして机に向かっている姿は、いつものことだが
   今日はえらく暗いな?」
左近「これは、兼続殿。まあ、例によって幸村が原因ですよ
   今日は、偶々すれ違って会えなかったんだそうで」
三成「……たまたま幸村が来てくれた時に、たまたま城で問題が発生して
   たまたまお鉢が回ったのが俺で、たまたま一段落ついて帰ってくる頃に
   たまたま幸村にも用事が出来て、俺が帰宅する直前に帰ってしまったのだ……
   幸村と俺とは、もしや……縁がないのだろうか、と……
   ……考えたくもないが……」
左近「だったら考えなきゃいいでしょう、そういう日もありますよ (呆れ)」
兼続「ふむ……まあ縁とは人智の及ばぬものかも知れぬが
   だが!! 人にはさだめすら変えていく大きな力があるだろう!!」

三成「義と愛か」
左近「愛と義かもしれませんよ」
兼続「分かっているではないか!!」

三成「……いつもそれだからなあ……」
兼続「ならば、縁起の悪い顔で不貞腐れている場合か
   さっさと残っている仕事を終わらせて、幸村に会いに行くぞ!!」
三成「はっ!! 兼続……!」
左近「……あっさり回復しましたね」
兼続「なに、私には気を遣うことはない」
三成「手伝ってくれるのか!」
兼続「いや、終わるまで待っていてやる。
   確か買い置きの煎餅が残っているはずだから出してこよう
   茶も自分で入れるからいいぞ、この屋敷で二番目に上物の葉でいいか
   ここは遠慮しておかねばな(とたとた)」
左近「気を遣うな、って俺にですか! って……何で人のうちの台所に詳しいんですか!?(ばたばた)」




  『幸村に会いに行くぞ!!』

三成「……付いて来る気か?」

不機嫌な顔、とはいえさっさと筆をとり、三成は仕事に取り掛かった。






36


「うわ〜ん! 聞いとくれ三成! うちの人がっ、うちのひとがまた〜!」
「むぅ! 耳にすれば捨てては置けぬ!
ここはねね様のためにも、そして秀吉様のためにも、何より義と愛のため!
義と愛の道について語りに行かねばならまい! 全力で!!」
「ああっ! ありがとう兼続、なんていい子なんだい!
じゃあ早速お仕置きに行くよ! 全力で!!」
「……明日の仕事には差し支えない程度にしといてくださいね」




飛び込んできて、飛び出していく。
三成は一言だけ告げるのが精一杯だった。
「今回は兼続が居合わせたのが……よかったのか、運のツキなのか……」
呟いて、墨が垂れぬよう筆を置く。手を止める隙すらなかったのだ。

「せめて正面から帰って欲しかったですね」
そこへ、庭を眺めながら左近が、お茶とお茶菓子とともに部屋へ入ってくる。
もちろんお饅頭は3人分。
三個ともを自分のほうへ寄せながら、三成は はあ とため息。
「全く困ったものだな」
「そうですね、殿の教育上よろしくないですよね」
「何を言っているんだ、そもそも俺はもう十分立派な大人だろうが」
「いえいえ
あ、いえ……これは殿がどうだということではなくってですね
あのお二方を見て、殿の『理想の夫婦像』が形成されていきやしないかと心配でして……」
「はあ!? いや、秀吉様たちも喧嘩の絶えぬ方々だが、本来仲は良いのだぞ」
「わかります、だからですよ」
うんうん、と頷きながら左近。
「幸村に向かって、人目も憚らず『愛してるよ』とか語りだしたら困るなあ、と思いましてね」
「だ、誰が言うか!」







左近は本気で心配していたりする。