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35


「あるのだなあ……」


その話を聞いた三成は、しばらく経ってから、ぽつり
つぶやいた後も、同じような表情のまま、言葉は続かない。
「感心したように言わんで下さいよ」
知らせに来たのは左近、三成に向かって顔を顰める。
「いや……兼続とて病にあうこともあろう、とは思うのだがなあ」
「そりゃそうですよ、兼続殿も結構多忙な方ですし
過労ですかね、全く人仕えは大変ですよね〜」
と左近がぼやく。
「いや……あいつの場合使うほうも苦労しそうだが……」
しかし、倒れただと?
今は元気がない、というのか、あいつがなあ……


「ともかく、見舞いには行くんですよね?
今、見舞いの品とついでに書状を用意しますから」
「ああ」
「あまり大げさにしないでくれとも言ってましたが……
秀吉様には、治った後にでも殿からさりげなく伝えといてください」
「そうだな」


「殿」
反応のない三成に向けて、左近
「殿まで調子悪くなってどうするんですか」
あきれたように一言告げて。
不機嫌な顔の三成を部屋から追い立てた。






34

兼続「お〜い、ゆっき! ちょっと話が……」
幸村「あ、はい」

びゅうん、勢いよく過ぎる鉄扇

兼続「危ないなあ……三成」
三成「貴様こそ、命はいらんと見える」
兼続「いや……流石にこんなことで命を落とすのは……」
三成「幸村、お前もだ! いかがわしい呼ばれ方をほいほい許すな!」
幸村「え? いかがわしいですか??」
兼続「いかがわしいのはお前の頭のほうだろう……
   別にいいではないか、なあ、ゆっきー?」
三成「まだ言うか!!」
幸村「はあ……しかし、そうですね
   示しがつかないということもあるかもしれませんね」
三成「そ、そうだその通りだ!」
兼続「いいのか? 三成」
三成「な、なにがだ」
兼続「まったく……では昔のように『源次郎』とでも呼ぶか
   なあ源次郎?」
幸村「は〜い」
三成「それもなんかだめだ!!」
兼続「なんでだ? むしろ普通だろうに」
幸村「なんでです? 私は構いませんが」
三成「なんででもだ!!」




兼続「……よんでやりゃいいのに」
三成「……も、もうちょっと待て……」






33

三成「くそう暑いな、暑い! ええいイライラする!!
   幸村! 涼しくなるまで家に居ろ、というかずっと居ろ
   でないと暑くてかなわんのだ!!」
幸村「はあ……良く分かりませんが。長居するわけにはいきませんよ」
左近「殿、暑さで欲望垂れ流しになってますよ? しかも、ふられてるし」
三成「……うるさい……」
左近「急に元気なくなりましたなあ」
幸村「夏バテですか?」
左近「いえ
   ……まあ、幸村にはロクに伝わってなかったようですが」
三成「……うるさいというに」




数日後

兼続「夏バテだそうだな、三成。精進が足らんぞ!!」
三成「……暑苦しいのが来たな」
兼続「嫌そうな顔をするな! 今日は、土産ももってきたのだぞ」
左近「そりゃありがとうございます。で、なんです? ウナギとかですか?」
兼続「いや、ロウソクだ」
三成&左近「「はあ?」」


幸村「お邪魔します〜。今晩は怪談大会するってきいたんですが……」
三成「幸村!!」
左近「殿は元気になりましたが……百物語ですか」
兼続「うむ! 夏の風物詩だろう!」
三成「……そうか?」
左近「というか、やめてくださいロウソクは!! いそいそと並べないで下さい!!」
兼続「ん? なぜだ?」
左近「百本も燃やしたら、すすで天井が真っ黒になっちゃいますよ! 畳もロウでぼろぼろに!!
   それを掃除しなきゃと思うと、それだけで恐怖ですよ!!」
幸村「(真っ青だ)」
兼続「しかし、一本ずつ消していくのが醍醐味であるし……」
三成「やるぞ、とはまだいっとらん
   怪談なんて、大概が単なる勘違いだろう」
兼続「そうか?」
三成「あ〜……まあ、お前を見ていると、むしろ何が恐怖なのか、といったところか……
   そもそも百も怪談なんて知ってるのか?」
幸村「そうですね……堀で巨大生物の影が目撃された! とか
   城の石垣に人の顔に見える陰が浮かんでいた! とかですか?」
兼続「む!! それは見てみたいな!! どこの話だ?」
左近「怪談といえば怪談ですかねえ……涼しくはならないですが」
三成「幸村……結構くわしいのか?」
幸村「ええ、といっても十勇士からとか、人から聞く話がほとんどですが」
左近「友達の友達の話……ってやつですか」





32

ぶわり
見慣れた屋敷から立ち昇り、天へと広がってゆく白い煙

「か、火事か!?とうとう火薬の誤爆でも起こしたか?
とにかく、無事かー!三成ー!!」
慌てて門をくぐった兼続は、ふと鼻で小さくあたりを嗅ぐ。
「ん? この匂いは……」

「ああ、兼続殿ですか」
奥から出てくるのは島左近。煙を纏いながらも落ち着いたものだ。
「この煙、知っているような、そうでもないような……もしかして何かの香か?」
「香といえばそうですが……蚊取線香ですよ」
そう答えて、手に持った丸い鉢を持ち上げる。
「ぶたさん……いや、蚊取線香だと? この昼間からか?」
「いえ、昨日の晩からです。
殿が突然凄い顔で屋敷中を走り回ったかと思うと、
敷地のあちこちで一晩中焚き続けてるんですよ」
「……一晩中……」
「殿もたまにキレますよね、俺はもう慣れましたけどね〜
ご近所に説明して回るのが大変でしたよ」
あっはっは〜と、煙に巻かれながら笑う。
「まだ自室に篭ったまま焚き続けてるみたいで、ちょっと困ってるんですがね」
「ちょっとどころではあるまい……全く、常識のない奴だな、三成は!」
「ああ……兼続殿がそう言ってやるのが、一番効くかも知れませんなあ」
「ど〜いう意味だ?
まあいい、私が説得……いや説教してやる」
左近を従えて、足音も荒く三成の部屋へと歩き出す兼続。
「勿体ないだろうが!! 三成!!」
「そっち方面の怒りですか」
「線香代よりも安い『一撃必殺虫除け』のお札を売ってやろう!」
ずびし、と懐より取り出す一枚の紙。
「おともだち価格で!!」
「どっちが非常識だか……なんですか、その胡散臭いお札は」
「胡散臭くない! 効果は抜群だ
私が蚊に刺されたところなぞ見たことないだろう!」
「…………(病は気から、かなぁ)」