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18

兼続「聞いてくれ〜!三成!」

どばっ
襖が開いたかと思うとそのまま座り込んで、ばしばしと畳を叩く。

兼続「今日はっ、今日は厄日だ!不運だ!ついてないんだっ!」
三成「いきなり喧しい、兼続」

今日はここまでか、と筆を置く。対応には慣れたもの、すでに日常茶飯事。
とはいえ、眉間に皺が刻まれるのはやむをえまい

兼続「今日は朝からついてない、いやな予感はしたのだ
  朝、爪を切れば深爪をするは、景勝様の名前を呼ぼうとすれば思いっ切り舌をかむわ、
  それにおやつのだんごが私のだけ全部白かったのだ!
  ぴんくも青もないのだっ!   それでは一色だんごではないか!」
三成「……どーでもいいな、本当に……」
兼続「ああもう!!酒でも飲まねば落ち着かん!!
   これから幸村のところへ行くぞ、三成!!」
三成「わかったわかった」
兼続「おまけに秀吉様のところに顔を出せば、夫婦喧嘩の真っ最中だし」
三成「……夫婦喧嘩……?」
兼続「ああ、浮気がばれただの嘘をついただのとえらい騒ぎで
   あのおねね様に凄まれてしまった……
   『知ってて口裏合わせたりしてたなら、おしおきだよっ!!』」

声を真似つつ ぶるっと震える兼続

三成「ななな、何っ!!」
兼続「ぬ!?どこへ行くんだ」
三成「どこか遠くだ!!」
兼続「一体どうしたんだ!?」
三成「幸村には『必ず帰ってくるから、信じて待っていて欲しい』 と伝えといてくれ!!」
兼続「何を言っている、三成!!
   おごってくれるんじゃなかったのか!!」
三成「そんな約束はしとらん!!放せ!!」
兼続「つまみもいるのだ!!」
三成「たかろうとするな!!いいから放せぃ!!」


わーわーわー


左近「ん?……なんの騒ぎでしょうな……
   すみません、せっかく会いに来られたというのに落ち着きのない殿で」


振り返る左近に いいんだよ とにっこり笑顔






厄日なのは三成だった、という話





17

三成「はっ!ふっ!たあっ!!」
兼続「おっ三成、お前が鍛錬に励む姿を見ようとは……
   こりゃ槍……いや、鉄扇でも降るかな?」
三成「はあっ!っと、どういう意味だ。
   俺とて戦陣に立つこともあるのだ、訓練ぐらいする」
兼続「そうだな、ただ心底似合わんだけだ。」
三成「喧しい。何が起きるかは分からんのだ、いざという時のことを考えただけだ」
兼続「いざという時?」
三成「そうだ、たとえば―――」





幸村「すみません、三成殿……」

そういって、すまなさそうな、そして恥ずかしそうな小さな声が
耳を覆い隠す三成の長い髪を揺らす。

三成「気にするな」

行く先を見つめたまま答える三成の表情は幸村からは見えない
そして、その背に負ぶさった幸村の表情も三成には見えない
傍から見たなら、 二人して真っ赤な顔をしているに違いないのに

でも、見えない

背負われたほうが大きいのだ、幾分格好が付かないのは仕様がない
仕様がないが、その足取りはちらとも揺るがず確かなものだ。
息も乱さずすたすたと歩みを進める。

幸村「あの……もう大丈夫のようですし……」
三成「さっき挫いたばかりで治るわけがあるか、これぐらい大したことではない、無理をするな
 ……それに、俺は好きでやってるのだ」
幸村「え?」
三成「……気にするな……偶には、甘えろ」
幸村「三成……殿」





三成「―――というようなときだ」
兼続「ほうほう、今回のは結構長かったな。」
三成「とはいえ途中で息切れなどしては格好が付かん」
兼続「そうか、三成はおんぶがいいのか」
三成「背負えませんでした、つぶれました。などというのはもっての外だ
 常日頃から備えておかねば」
兼続「備えておくのはいいんだが。まあ、まず起こり得ないと思うが。」
三成「だから何が起こるか分からんだろうというのだ」
兼続「もし万一、幸村が怪我でもしたなら、馬なり十勇士なりが飛んでくるだけだろう」
三成「だからそんな隙を見せぬように鍛錬するのだ」
兼続「そうか、難題だなあ……まあ、がんばれよ」
三成「ふん、言われるまでもない」





そうして、ゆっくりくつろぐ兼続に見守られつつ、再び訓練の声が響き始めた。







16

ぽろり ぽろり


「いい匂いだな」
声を掛けつつ、ふと思う

(そういえば最近は、呼ばなくなったな)

名を

顔を見ないときにこそ、繰り返し繰り返し、使う言葉だったのか

(知らなかったな)



ゆっくりと振り返る、思い描いた通りの表情
少しずつ、変わっていく笑顔
その両の手のひらには、青い小さな蕗の薹

ぽろり ぽろり

一つ  二つ、零れて


「えーと……おすそ分けです」
「そうか」


二人、向かい合ってしゃがみ込んで
一つ  二つ、拾いながら


「春が、近いな」






三幸。……偶には (注:三幸サイトです)






15

染み入るような冷たさゆえに、青く晴れた空は一層澄み渡るようで
僅かな温もりすらも奪うような冷たい風に、それでもほのかに

兼続「ほう……梅の香が」
ぐー
兼続「風流だな」
ぐー
三成「その音さえなけりゃな」
ぐー
兼続「人のことは言えまい、しかし腹が減ったな」
ぐー
三成「言うな。虚しくなる……」
ぐー
兼続「お前が言い出したんじゃないか……」

ぐーぐー……

左近「……そろそろ幸村が差入れ持ってくるはずですし、元気出してくださいよ」
三成「何でお前に幸村のことが分かる!!」
左近「経験からの予測です。怒ると余計おなかがすきますよ?」
三成「……そうだな、怒るのは後で何か食べてからにするか」
左近「後でなんだ」
ぐー
兼続「くぅ、こんな所で負けるわけにはいかん!義義義!」
三成「なんだそりゃ」
兼続「気合だ!私は負けん!義!」
三成「やめろ……よけい腹減る」
ぐー
兼続「義!義、といえば具はやはり梅が良いな!」
三成「いい匂いだしな……」
兼続「だんごも付いてるといいな!」
三成「甘いしな……」
兼続「幸村のことだ、酒もついてるかも知れん」
三成「暖かいしな……」
兼続「幸村、早く来ないかな〜」
三成「幸村だな……」
ぐーぐーぐー
左近「殿、殿、食べ物ですよね?色々、大丈夫です?殿?」







14

三成「ん、茶柱だ」
左近「ほう?殿でもそういうこと気にするんですねえ」
三成「気紛れだ
   だがいい機会だ、幸村に会いに行こう」
左近「別にどんな理由でも良かったんですよね?」
三成「煩い。いいからさっさと準備しろ!」
左近「はいはい」
三成「今日こそは……!」
左近「(あれ抹茶だったハズなんですけど……ゴミかな?まあ、気付いてないみたいだし、いいや)」






13

左近「幸村、丁度良かった。」
幸村「あれ?左近殿?」
左近「これから殿のところへ行きますよね」
幸村「そうですが……」
左近「何、そろそろおねね様あたりが、幸村を向かわせる頃じゃないかと思いまして」
幸村「はあ」
左近「ほほう、それはおねね様の愛情こもった特製3段弁当というわけですな」
幸村「ええ、これは。で、左近殿の手のそれは……」
左近「これは家臣一同の気持ちを込めた報告書、の追加、訂正分です」
幸村「ははあ」
左近「すいませんねえ(にっこり)」
幸村「…………まあ、いいですけどね」
左近「あと、これも頼みます。家臣一同の気持ちを込めて、
   疲労回復に良いというお茶に、眼の疲れに効く薬に、ツボ押し器に……」

とんとんとん、と乗せていく

左近「この包みは着替えが入ってます。で、代わりに汚れ物のほうを持って帰ってくれると助かります」

どさっ

左近「最後に特製はらまきです。最近冷えますからな」

ひょい

幸村「は、はらまき……?」
左近「おっと、あまり殿のはらまき姿を想像せんでやってください」
幸村「……言われるまで考えませんでしたよ……」
左近「では、俺はこれから用事がありますので。お願いしますね」




積み上げられた荷物を微動だにも揺らすことなく抱えて、立ち尽くしたまま
去っていく左近の背を、じぃっと見つめる幸村
三成のはらまき姿も、眉間に皺を刻んでツボをおす姿も
別段、思い浮かべたりはしなかったが

  「特製……はらまき」

ほかの家臣を知らないわけではないけど
どうしたって、思い浮かぶのは

  「編んだのかな……」