もどる
55
するどく発せられる短い声が響くほかは、風が吹くに合わせて聞こえる漣のような葉の音だけ。
ひとり、槍を振るう。
真っ直ぐに前を睨んだまま、突き、捻り、ひいて、また突いて。
睨む先にはゆらゆらと時折ゆれる木の影のほかは、何者もいなかったが。
真っ直ぐに穂の先を睨んだまま、その先の何者かに合わせて、槍を振るう。
「うわっ!? 何やってるんですか!?」
島左近、茂みに隠れた人物を見つけて思わず声を上げた。
いや、実際には全く隠れてはいなかったから、声を上げたわけだが、そこには上司のそのまた主人。
天下人、夫婦そろって茂みにしがみ付くようにして身体を屈めていた。
いくら歴戦の士といえども、目に入った瞬間の動揺は無理からぬもの、何よりもまず、何やってんの? である。
「しーっ!! ちょっと左近、屈んで屈んで!!」
「はあ」
ばたばたと手を振るねねに従いひざを突く。目の前の茂みに身を寄せたところで気がつく。
あれ? これだと、これからは俺もお仲間?
「なにか言うたか? 左近」
「いえ、言ってはいません。秀吉様。
ところで何をやって……いや、何を見ているんですか?」
「見てわからんかの?」
「……幸村ですね」
「と、三成もだよ」
「殿?……本当だ、殿ですね」
鍛錬中だろう、一心に槍を振るう幸村と、少し離れたところで、片手を上げた格好のまま突っ立ている石田三成。
「のぞきですか」
「いいや、一応声をかけようとしている所なんだよ。そのままずっと固まってるんだけどね」
いえ、お二人がですが。と、これは声には出さず
「全く三成のやつも、こういう時はじれったいのお」
「本当に……行って、どついてきてやろうかねえ」
と言いながら、ご夫妻は茂みからごそごそ。
「……いや、今頃は頭の中で、詩の一つでも出来上がってる頃じゃあないですかね」
「ほう! なるほどのぉ、流石は左近」
褒められても……ああ、これじゃあ、やっぱりお仲間だ。
同じく茂みにしがみ付きつつ、はあ、とため息をつく。
ほっとく訳には行かないよな。行かないかな?
というか、殿が行けば終わるんじゃないですか。
幸村が、邪魔されたなんて思うわけないじゃないですか。思いつかないんですか。
にっこり笑って、振り返って、『三成殿!』って――そんだけのことでしょうに。
そんだけのこと、を見るために、そろってこそこそと。
「……何やってるんでしょうね……」
「全くだよ」
ふう、とため息が重なったのを見て、秀吉は笑った。