もどる
50
左近「おや〜? 殿、手紙ですか」
三成「兼続からのな。面白い話があるから、面白い土産を持って来い。と書いてある」
左近「堂々と要求してきましたか」
三成「随分前に保存食用に作っといた餅があっただろう、適当に包んどけ」
左近「カビてると思うんですが」
三成「かまわん。なんだったら削っとけ」
左近「……は〜……削ってついでに揚げときますよ」
三成「しかし、面白い話とはなんだろうな」
左近「あの人の面白いですから……どうにもならない話じゃないですかね〜」
三成「そうかな」
左近「あとで『くっだらない』とか言う羽目になると思いますね」
三成「ふむ、聞いてみればわかるか」
左近「では、早いとこ準備してもらってきますね」
三成「……まさか、気になるのか?」
左近「……まさか……あああ、そうだ幸村も誘うんですよね」
三成「…………」
左近「早速手紙でも出しときますか」
三成「…………」
左近「どうしますか? 一旦うちに来てもらいますか?」
三成「…………お前は誘わんからな」
左近「…………別に構いませんね、気になりませんから」
三成「やっぱり気になるのか」
左近「……いぃえぇ……」
三成「『くっだらない』話だと思うがな……まあ、どうせ幸村はお前を誘うだろうよ」
左近「殿……」
三成「だから、俺は誘わん。……さっさと準備してこい」
49
左近「は〜……殿……また、えらい派手なもん着てすねえ」
三成「この半纏のことか? そんなに気になるほどのもんか?」
左近「いや……いつも通りなのかもしれませんが……背中の文字とか」
三成「豪華綿入り五色縞『大一大万大吉』半纏。この冬を愛するために! と貰ったのだよ」
左近「誰にもらったのかは、わかりましたが……外では遠慮してくださいね」
三成「暖かいんだが」
左近「嬉しそうですね……気に入ってるんですね……」
三成「おそろいなのだ。五色のうち一色ずつ色違いで、兼続は『愛』で、幸村は『焔』」
左近「なるほど、攪乱するわけですね。揃っていると感覚が麻痺させられるというか、逆に普通だと目立つというか」
三成「何の話だ? ああ、お前にもあるぞ」
左近「ええ!? お、お心遣いだけで」
三成「ちなみに、お前の文字は『寒』だ」
左近「…………なんか、含みがあるんですか」
48
お〜ま〜え〜さ〜ん
出〜ておいで〜!!!!
遠く離れても伝わってくる怒りの気配。
熱く燃える声は、耳にするものを凍り突かせながら、近くなったり遠くなったり。
「……またですか」
ぼそり、と三成はつぶやいた。辺りには誰の姿も見えない。
「ん〜、ねねのあれは愛情表現じゃよ」
三成の背よりも高い、金銀の精緻な模様の入った壺から声が聞こえる。
「愛情表現?」
「そうそう、わかっとるからこそ、ついなあ」
「浮気の言い訳にはなりそうもありませんね」
「う…………」
「だがまあ、考えてみたのだが……」
黒い碁石を置いて、三成は右手に持った扇を、ぱちり、と鳴らした。
正面に座る左近の顔色が変わる。
「あるかもしれんな」
「え……? あ、ああ『叱ってもらいたい』ってことですか」
「……そうなるのか?」
「そうでしょう……幸村ですか」
「幸村だ。一歩あるこの距離を縮めるのだ」
「一歩ですね……よっと」
こつ、と石を置いて、碁盤を見つめたまま左近は続ける。
「幸村を怒らせるんですか?」
「う」
「他の人だったら、しょっ中怒らせてますけどね」
「そんなつもりはない」
「性質悪いですよね……でも幸村をねえ、おねね様のように、あからさまに怒ることはないですよねえ」
「そうだな、怒ってる姿など想像もつかんな」
「そうですねえ……う〜ん、静かに怒るというか……」
くい、と首を傾げて。
「まあ確かに、あの眼で睨まれると、結構ぞくぞくするものがありましたねえ
愛情表現とは、違うと思いますが」
「……ほう……」
ぱちり
「げ! と、殿」
「性質の悪いのは貴様もだろう!」
「ちょ、ちょっと」
「待たん。おねね様のところへ行くのは貴様だ
よかったな愛情表現らしいからな……秀吉様によろしくな!」
47
顔色がわるいよ!! 寝てないのかい!? と大騒ぎだったのは、おねね様で、
いや、これ以上騒ぎを起こさんでください…… と宥めるつもりが逆に怒らせた
左近をつれて、何とか帰ってもらったのが昨日のこと。
『元気になるもの持ってくるよ!!』
帰り間際に、青い顔した左近を引き摺りながら、満面の笑み
「大丈夫ですか? 三成殿」
「大丈夫だ、おねね様が大げさなだけだ……
まあ、おかげで今日は1日休めそうだがな」
「でしたら、横になっていてください」
「いらん、さほど眠いわけではない。中途半端なところで休まされて、
いまいち落ち着かんしな」
「横になってください!」
「わ、わかった」
と、答えたものの、休むといっても、幸村は居るし。
「眠れん」
「子守唄を歌いましょうか」
「は!?」
「よく、姉上に歌ってもらったものです」
「いや、幸村……お前、俺を幾つだと思っているのだ」
「でも、小助に歌ってもらったのがいいかな、それとも……」
「そんなに色々あるものか?」
「ありますよ」
耳に届く声の調子が変わる
知らない歌、でも、懐かしい
「……音痴だな、幸村」
「あ、はは……」
「おお! 幸村ではないか」
「あ、兼続殿」
「幸村も誘おうと思って捜していたのだが……そうか、来ていたのか」
「私を? 誘うとは?」
「ああ、おねね様に頼まれてな、三成へ、色々甘い菓子などを届けにきたのだ」
「おねね様にですか」
「だがこうして計らずも集うとは、まさに深い縁で結ばれた友!! 愛!!」
「か、兼続殿っ、お静かに」
「む、そうだな……では、後で皆で食べるとするか」
「はい、後で」