桜
白く霞む空の中を小さな薄紅色が落ちてゆく
「宴の後も宴の醍醐味……だねえ」
「ふっふ、完璧に片付けるまでが楽しいのだ。
それに羽目を外して不義を行う輩もいるかもしれない」
「ほんとに楽しそうだねえ……」
灰色の枝に残る薄紅の色。
「もう大分散ってしまいましたね……」
「まあ、丁度満開にあわせての宴だったからな。
一晩、風が吹けばあっという間だ。」
風もなく 音もなく 薄紅の色が落ちてゆく
風と共に僅かだが降雨もあったらしく。
朝の大地は、しっとり 黒く濡れていた。
まあいいか。
桜の大きなのを選んで、幹に凭れるようにして座り込む。
こぽり 手酌で手に持った椀に酒を注いだ。
「お前、何時の間に酒を持ち出して……」
「散ってゆくのを見ながら、今度は静かに飲もうじゃねえか」
「ううむ……」
「美味いぜ〜、これ」
「飲みすぎるなよ?」
「あんたにゃ、言われたくないねえ」
苦笑して、新しい椀を取り出す。
「……何処にいくつ持ってるのだ?」
「ん?ああ大勢で飲む方が楽しいだろ?」
「そうだが。答えになってないような……」
「細かいことは気にしなさんな。」
「……む。本当に美味いな。」
「ああ。花見用に特別に用意したやつを少し貰っといたからな」
「……不義?」
「……違うぜ」
きらり と光る目に、
はあ とため息をついた。
「三成と幸村は何処にいったのだ?
せっかくだからみなで飲もう」
「今は放っておいてやんなよ
せっかくなんだから」
「ん?」
首をかしげる兼続の空の椀に花弁が落ちる。
こぽり そのまま酒を注いだ。
二人ゆっくりと歩きながら、桜の枝を見るともなしに眺めている。
「三成殿は、忙しかったようで……
ご苦労様でした。」
「たいしたことはない
それにまあ、楽しめた……少しだが。」
「よかった。」
「まあ、楽しい……今が、だが。」
「ええ。
私も、まだドキドキしています。」
「……ああ」
「あんなに沢山の人と一緒に、それに満開の桜が何処までも続いていて……」
「綺麗だったな。」
「綺麗です。散って行く様も。
……甲斐の桜はまだでしょうね
綺麗なのですよ、それはもう。」
「そうか、見てみたいものだな。」
「ええ……
でもこの桜も、忘れられません。
また見れるでしょうか?」
「また来ればいい。
その、まあ、兼続や左近も一緒に……」
「ええ……一緒に」
黒い土の上に薄紅の色が落ちていく
はらはら落ちていく桜の花弁
「見事な散り様だねえ……
そういえばここの桜の中には樹齢百年以上のも結構あるらしい」
「そうなのか?」
「百年の桜にとって花が咲いていたのはどの位なのかねえ?」
「うむ?一年で十日程度とすれば一千日か?」
「一千日か……」
「お前は葉だけ繁っていても、見上げて飲んでそうだな」
「それもいいねえ」
「本当に葉を見てるのはお前位だ。
葉の繁る桜の木を見ても、人は花が咲き誇っている様を思うもの
だから、ほんとうは百年咲いていたのだ。」
「かもねえ」
黒い土のうえに紅の色が重なり続けて
ただ落ちてゆく
はらはらと落ちてゆく桜の花弁
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