ターゲット






左近は逃げた。
声を聞いただけでいやな予感が背をかけぬけ、次の瞬間見得も格好も考えずに逃げ出した。
逃げながら、考えた。どうせ捕まるよな、逃げてても。
そして、やっぱり捕まった。
逃げたことは間違いではなかったと思いながらも、予想した通りに捕まった。




「え〜っと、一応聞きますけど。何でこんなことに」
「そう心配するな……もうちょっと右でもいいんじゃないか?」
「これでいいですよ」
右を向く。そこには左近も見慣れた弓の訓練に使う的があった。
前を向く。そこにはやはり見慣れた上司の姿。
ただ、立ち位置は弓を射るときよりも随分と近い、そして手には掌で隠れそうなほどの小さな刃
「何でこんなことに」
「投げナイフとやらの鍛錬をしたのだが、と言っただけではないか。何故逃げる」
「何で、そんなことしちゃったんですか?」
「これでも結構使えるのだぞ、兼続に教えてもらったのだ」
「そこが一番不安になる要素なんですが」
「心配するなというのに、まあ流石に一度にあんなに投げられはせんが」
そう言って構える姿は確かに様にはなっていた、だが。
「教わりました、使えますってもんじゃないでしょうが
そもそも、あの人がやってるのは本当に投げナイフなんですか?」
「俺と、ついでに兼続を信じろ」
「だって、あれ色々おかしいでしょう?」
「左近……」
ふ、と三成が構えを解く。
「時間稼ぎか? 左近」
そういって浮かべる笑みはどこまでも美しい


三成は時折、こちらが息を呑むような表情をすることがある。
大概、左近が地獄を覚悟する直前ぐらいに


「え〜っと……」
「幸村は来ないぞ、残念だったな」
くくくくく……と声まで聞こえる。
青ざめながら左近は思う。
なんて悪そうな笑い声なんだ、こんなに似合ってていいのか。
でも、絶対笑ってない。
「さっきの間にお前が出した使いは、幸村のところの才蔵とやらが抑えた ……援軍は来ないぞ」
「……まさか、手を組むとは思いませんでしたよ」
「一時だけだ、敵の敵は味方だと、左近も言っていたではないか」
「その敵ってのは俺ですか」
「……呼ばなければ、良かったのだ……」
ちゃっと、今度は両手に小刀を構える
「呼ばなければ的の側で見ているだけでよかったのだ……
……呼んだからには、な……」


「的、決定」
「どあ!?」


ひゅ ひゅっ、と左右続けて投げる。
確かに狙いは正確、真っ直ぐ自分に向かって飛んできたな。と、避けた後に思った。
「信じてるぞ、左近。死ぬなよ」
「死にませんよ!!」
続けて飛んできた二本は、一閃刀(いつでも取り出せる)で叩き落す
「お前が当たり前のように幸村を使うのが気に入らん!!
幸村がいつも素直に言うことを聞くのもな!!」
「こういう言い方もあれですけど!!」
かん、かんと弾きつつ左近も叫ぶ
「的外れですよ!!」
「ふざけてるのか!?」
「違いますって!!」


ひゅんひゅん、かん、かん

金属がぶつかる音が、庭中を駆け巡る。


「何をやっているのです!? 三成殿!!」




声が響いた。


「一体何事です!? お二人が、こんな……」
「幸村!?」
その姿を認めて、小刀を構えたまま、動きが固まる三成。
「な、なぜだ! 何故お前がここに……」
「昨日三成殿に会ったときに。家に来ないかと、招待されましたが」
「くっ、浮かれた昨日の俺が計算外だったのか!?」
「間抜けですな」
「うるさい!!」
「結局、一体何をしていたのです!? 三成殿?」
「こ……これは……」
三成は得物を握り締めたままの自分の手を見る。
嫉妬で怒り狂って、左近をしめてました。
「……左近は……飛び道具が好きなのだ」
「なんですか、その言い訳」
「え……? 使うのではなくて、狙われるのが、ですか……?」
さすがに幸村も不信そうだ。
「ほら」
「うう……」
しばらく、首を傾げていた幸村。いろいろと考えていたようだったが。


「……でも、左近殿ですし……」
「え! なんだか不本意な納得のされ方を!?」
「会うたびに、思いもよらぬところがありますし……」
「思いもよらぬ、っていうかどういう誤解なのか聞きたいんですが!?」
「…………」
「た、ただの訓練ですよ!」
「訓練……?」
「……そうだ」
すっと、三成がその手を幸村に差し出す、手のひらには小刀
「これを、投げる訓練だ。実際に弾かれたとき、避けられた時の対応を考えたかったのだ」
いつの間にか、すっかり落ち着いており、静かな声で話している。
「でも、訓練にしては……」
「自然、緊張感もでるのだ」
「そうです、そうです」
二人して首を振る
「そう、ですか……?」
だんだん、説得されていく幸村。
「実際当たってなかっただろう、全部弾かれてしまった。
……一本ぐらい、と思ったのだがな」
「と、殿……」
本気交じりの三成の言葉に、幸村は逆に納得したらしい。
「そうだったのですか、流石に凄いですね!
左近殿の動きも凄かったですが、三成殿も正直、驚きました」
「ふん、これくらい当然だ。これを機会に盛大に見直せ、幸村」
「はい」

どうやら、何とかなったらしい。

二人から離れつつ、大きく息をつく左近。
「やれやれ、ですな……」
どん、と斬轟一閃刀を地面に突き刺す。


「もう少し、落ち着いた場所で見るか? 幸村」
「ええ、是非」
「あっちの……」
すう、と三成の右手が上がり、真っ直ぐに指し示す
正面で、それを受ける左近

「的、で試してやろう」


はっと息を止める。

あわてて、後ろを見る。その先には先ほどまでいた弓場。
的がある。


「いくぞ、幸村」
「はい!」


二人は左近とすれ違ってそちらへ向かう。


(……まだ、怒ってるんですか)
(さあな?)


「後、片付けとけよ」
「……はいはい」
背後からの声に答えながら、左近はもう一度大きく息をついた。








おわり    もどる