幸兼。
……だといいたい話、しかも三幸前提
幸村演武エンド後のお話
色々捏造多し


















ぱしん、と払われる手





「え?」
「っ……私に触れるな!幸村」





とびら







天下の情勢は目まぐるしく変わっていく―――戦火によって

織田
豊臣
徳川、そして

幾度となく揺れる天秤

返り咲いた、というべきか
一部の者にとっては、ただ一時『徳川』という危機があったというに過ぎず、
他の多くの者たちにとっては、新しき泰平の世


とはいえ、当事者たちは謳歌どころか実感する余裕もないまま
予想外に増えてゆく責任の重さに、ただ多忙な日々を送っていた。






「では失礼します、秀頼様」
「あ、ああ……大儀」


その、間違いなく最も忙しい人間の一人 真田幸村 が下って行く姿を見送る。
新米天下人 豊臣秀頼
「……普通どおりだなあ……」
と首を傾けた
「……悩んでいる様にも見えないなあ」
頭の中でもう一度、彼の様子を思い返してみる。


にっこり、と向けられた笑顔も普段どおりに見えたし
でも、覚えている限りの昔から、自分に向けられるのはどんなときもあの笑顔だった気もするし
丁寧で控えめな言葉……のわりに言いたいことは言って帰ったし
でも、今日は自分でもそうと気付くほど丁寧に過ぎたのではないか、と思うような……気のせいなような


「よく分からないなあ……」
でも、気になるし





「で、皆に聞いてみたのですが」
「「「はあ……」」」

取り合えず時間のあった側近たちが集められる
一同を見渡した秀頼は、自分から話し始めた。
「まず、五人衆は時間が取れなかったので、手短に聞いてもらいました
これがその報告書です、え~と

『え?何があったのですか?』 1名
『そっとして置いてあげてください』 1名
『見ていて恥ずかしい』 2名

……どういう意味でしょう」
「さあ……」
そろって首を傾げる
内の一人が手を上げて
「あのう、それがしも何があったのかよく分からんのですが」
と他の者の顔を見渡した
「噂ならば耳にしましたが」
大半の者はそういって顔を見合わせる
「すでに噂になってるのですか……」
その様子を見ながら秀頼は話し始めた。






それを目撃したのは偶然で、
別に覗いたわけではなく、その場には他にも随分多くの人間がいました

そこは、未だ戦の痕の消えぬ再建途中の城の庭
共に生き延びた木々に瑞々しい若葉が芽吹き
そこかしこで聞こえてくる人々のざわめきも穏やかなもので
数人の護衛と共にゆっくりと通り過ぎて行く




その前に一体何があったのかは、よく分からないのですが


ぱしん、と音がして
何事かと顔を向ければ


ぽかんとした顔で手を差し出したままの真田幸村と
こちらに背を向けたままの直江兼続


何故誰か分かったかというと、その直後に通りのよい綺麗な声が聞こえてきたから





―――私に、触れるな





うぅ~む

それは……と一同

「あの御二方は仲が悪いのですか?」
「いや、ごく親しい友人であったはずですよ」



真田幸村と直江兼続
友であった、敵であった、でも友であった、と……



「結局よく分かりませんなあ」
「色々言う者もいますが、結局幸村なくしてこの天下は立ち行きません
兼続のような人間も、上杉殿のように信の置ける大名の存在も……
切実に、豊臣には信頼できる味方が少しでも多く必要なのです
幸村と兼続、この2人が不仲であるという噂が広まれば、
それだけで付け入ろうとする者も出てきます」
憂う顔でみなを見渡す秀頼。
その眼差しが一人ひとりを捕らえていく


「……と治長が言っていました」
「「「…………」」」


「で、聞いて来てくれませんか、武蔵」
「はあ!?」
なんで呼ばれたんだろう?と首を捻っていた宮本武蔵、突然名を呼ばれて吃驚仰天
「協議の結果、二人に直に聞くのはどうだろうということになりまして」
「いや、だからって何で俺?」
「あの二人ですよ?なんというか……聞き難いですよ」
「俺だって聞き辛ぇよ」
「大丈夫ですよ、幸村とも仲良いじゃないですか」
「そっとしといてやれって言ってた人もいるじゃねえか、誰だか知んねえけど」
「しかし何もしないではいられません」
「秀頼様ってお節介だよな」
「気になるのですよ、気になるでしょう?」
「ちょっとおばちゃんみてえ」
「……武蔵なら聞けますよ……」
そりゃもう、すっぱり






ふらりと訪ねてきた客人の名前を気いたとき、幸村は何もかも放り出して飛び出していた。
家臣の一人に案内されながら歩いてくる、いつも変わらぬそびえる様な大きな身体が目に入る
「慶次どの!!」
「よ~お幸村、随分偉くなっちまったみたいだねえ、すぐにゃ会えねえかと思ったぜ」
「何を言っているんですか……待っていたんですよ、貴方を」
「そりゃ嬉しいねえ」
「あ、奥へ案内してあげてください
すみませんが少し遅れるかもかも知れません……その、色々放りっぱなしにしてきましたし」
「いや、かまうこたねえぜ」
慶次の返事に ぺこり と頭を下げて来たときのように駆け出していった。




「なんだか疲れてないかい、幸村」
幸村の点てた茶を無造作に取り上げて、慶次はまじまじと正面の顔を見つめた
「疲れてないかって……疲れてますよ」
と、幸村は青い顔でにっこり。
「相当のようだな」
「……向いてないんですよ、本当に……」
「そうでもないって評判だがねえ」
「私のは、ただの物真似です」
誰の、とは言わなかったが
「向いてなくても、真似事でも……今の地位を手放す気はありませんが」
笑みを消し、真っ直ぐに慶次の目を捉え
「らしくないな、とでもいいますか?」
「いいや」
短く答えて、手に持った茶碗に口付ける


ず……


ゆっくりと茶を傾ける慶次、その様子を静かに眺める幸村


「評判といやあ、変な話も耳にしたんだが」
「変な話?」
「ああ」
と碗を置き
「豊家と上杉との関係が危うくなってる、とか
あんたと兼続とが仲が悪いようだ……とか」
「兼続殿と……?」
目を丸くする幸村
「変な話だろ?」
「あ……いいえ……」
しかし、俯いて考え込む様子の幸村
「なんだ、一体」
「その噂には心当たりがあります」
「……なんだって?」
慶次はまじまじと幸村の顔を見る
「なんだ、喧嘩でもしたってのか?」
「…………」
幸村は口を閉じたまま、ただ首を左右に振った。
「まあいいか、これから兼続のところへも顔を出すつもりでね
兼続に聞いてみるかな」
「兼続殿のところへ……」
ぴくり、と幸村の肩が揺れる



「それは駄目ですよ」



「あん?」
どういう意味だ、と尋ねようとした慶次だったが

ぐらり

とその大きな身体か崩れる

「な……」
「兼続殿に会うのは諦めてください」
「幸……む、ら?」



驚愕に見開かれる慶次の目が、自分を取り囲む忍びの姿を捕らえる。










「ふう、こんなもんですかの?」
「結構すぐに染まるものなんですね」
「なに一時的なもんですからの」


「いや……何だこりゃあ?」


あっさりと自由を取り戻した身体を持ち上げて、慶次は自分の髪を掴む
黒に限りなく近い深い深い茶色
「私のと同じ色ですよ」
ふふっ
と幸村が浮かべた笑みに、ちょっと寒気が走る慶次


「慶次殿、開放してほしければ……条件があります」
「は?」
「代わって下さい」
「はいぃ!?」


「……幸村様も、さすがに色々な意味で限界のようでしてなあ」
「いや、だからって無茶だろ」
「慶次殿ならば安心して任せられます」
「いやいや、どう考えても不安満載だろ」
「小助、『幸村』の援護をお願いしますね」
「ははっ、これはこれは……頑丈そうな幸村様でよかったですなあ」
「いやいやいや」


「……ええっと……傾くぜぇ!」
「では、幸運をお祈りしてますぞ」
「…………早く帰ってこいよー……」










「う~ん……」
うろうろ、と門の前をうろつく剣豪
「やっぱり幸村に先に会いに行くべきだったなあ……」
うろうろ、と不審者丸出し
「でもなあ……」
話を聞く限り、態度のおかしかったのは『直江兼続』の方だ。
そう思って、まずは彼の屋敷まで出向いたのだが


「う~ん……」
「うちの門に何か?」
「うわ!!」


突如として現れた気配に驚いて振り向けば
「う~む、しいて言えばちょっと古びてきたなあと思っていたところなのだが」
まじまじと門構えを眺める直江兼続
「い、いや立派な門だと思うぜ」
「そうか!いや、ありがとう」
そういって、からり と笑い
「ん?お前は……武蔵ではないか、幸村と一緒にいた」
と、続けた。
(あれ?これって、普段どおりだよなあ)
心の中で首を傾げる
「何かあったのか?……まあいい、取り合えず中に入れ」
「お、おう……お邪魔します」
と家主自らの案内で奥へ




「すまんな。最近胡乱な客が多くてなあ、最小限の警備の者以外は休んでもらってるのだ
取り合えずだんごでも用意させるから」
「いや、だんごはいいんだけどよ……」
胡乱な客?
「ああ、気にすることはない、皆丁重に追い返している」
丁重に追い返す?
「うむ、不義極まりない連中なので気にすることはない
どうも変な噂も出回っているようでな……全く何がどうなっているのか」
と首を傾げて不思議そうな顔をするので、流石の武蔵も呆れ果て


「いや、そもそもの原因はアンタだろ!?」
「な、何!?」


「幸村に『触んじゃねえ』つったんじゃないのか?」
「そんなことは……」
「たくさんの人間がそれを見てたんだろ?秀頼様までいたっていうぜ」
「……あ……!!」
ようやく思い当たったらしい
はあ~とため息をついて
「そんで何でもありませんでした、気紛れです、とかいうんじゃねえぞ」
「あれは……」
「それとも本当に幸村が嫌いなのかよ」
「そんなわけあるか!!」
と激昂して立ち上がる兼続
「じゃあ、なんでだ?」
それを見上げつつも引かない武蔵
「……幸村に触れてもらいたくなかった、と、いう意味で……」
「……いや、答えになってねえよ……」
がりがり、と頭を掻いて


「幸村だって『嫌われた』って思ったんじゃないか?」
「!!!!」


ぐらり、と傾いたと思えば
どたり ばたん、とそのまま倒れてしまう


「え!?お、おい?」
慌てて武蔵が近付いてみれば、
「……い、ちがうのだ……私は……」
倒れ伏したままぶつぶつ
「……幸村は……そんなこと思わな……」
「い、いや、まだ聞きにいってねえし、本当はどうかわかんねえというか」
「でも会ってないし……会ってない……あの日から……か、でも……」
ふらふらと身体を起こし、ふらふらと座り込む


「……違う……」
差し伸べられた手の温もり

―――苦しい

「会いたい……」





「兼続殿」





聞こえてきた声に顔を上げ

「あ……」
呆けたように、ただ開け放たれた扉の先の庭を見つめる

「すいません案内も待たずに……」
「ゆき……むら?」
「ええ、お久しぶりです兼続殿」
といささかやつれた顔に笑みを浮かべて近づいてくる
「う……」
「どうされました?」
「……すまない……」
「兼続殿」


座り込んだままの兼続に向かって手を伸ばす
「あっ、触れ……」


―――『嫌われた』って思ったんじゃねえか―――


「……ゆきむら……」


ふわり、とその手がやさしく髪をなでて



堰が切れる

「……あ……」

初めは ぼろぼろ と零れ落ち
すぐさま頬を濡らし滝の様に 止めようと思うまもなく流れ落ちる涙


「……兼続殿っ……」



名を呼ぶ幸村の声が震えていることに気付いた瞬間
目の前の身体にしがみついた



「う……あ、ああああああっ」



―――三人だったのに



「みつ……なり……っ」



忘れていた、違う、思い出すことすら出来なかった
再会するまでは

声を聞くたび、名を呼ぶたび
繰り返し繰り返し思い知る




―――三人、だったのに




互いにしがみついて声を上げて泣きじゃくる


感じる体温が、苦しい
幸村がいる

いつもいつも聞かされていた
お前の幸村への想い

あの頃はそれでよかったのに




―――三成、いないのか、三成










慟哭の果てに、あのままどうかなってしまうのではないかと思ったのに
実際には眠りこけていたこの体たらく

目が覚めたとき、そこに幸村の姿はなかった


「引き止めたんだが……早く帰んないと暴れるからとか何とか」
変わりにいたのは宮本武蔵
縁側に腰掛け、庭に向いたまま声をかける


兼続半身を起こしながら口を開く
「……周りにあれだけ人がいる中で、泣きわめくわけにもいかんかっただろう」
というか今も恥ずかしい
いたのかよ


「まあ、幸村もなんか謝ってたけどよ
別に気にすることはないというか、この様子ならすぐ噂も消えるだろうし」
もぐもぐ、とだんごを食べる音がする
「今度二人でみんなのとこ顔出せばいいだろ、秀頼様にもそう言っとくし」
「何のことだ?」
「二人のことを探ってこいって言われてたんだよ」
「あの噂のことか?天下をこれ以上騒がす気などないぞ」
「いや……単にお節介というか」


もぐもぐもぐ


ひたすらだんごを頬張る様子に首を傾げ、よっと起き上がる
ばさり、と掛けられていた上掛けか滑り落ちた
それを見ながら泣いて腫れ上がっているであろう自分の頬をなでる


「二人で、か」


「……仲良かったんだな、俺はよく知らねけど」
「…………」
無言で俯いて、独り言のような小さな声で告げる、
「幸村の思いと私の思いは少しだけ……違うのだ」
私は知っているから
彼のことをいつもいつも思い出すのは、いつもいつも聞かされていた想いがあるから
だから、だろう

―――苦しい
ぎゅう、と片手で頬を押さえた。



「まあ、幸村も色々言ってたけどよ
……『見ていて恥ずかしい』か、誰が言ったんだろうなあ」
「ん?だから何のことだ」
「いや……単に好奇心というか」


もぐもぐもぐもぐ


「そういえば、そのだんごはどうしたのだ」
「幸村が持ってきた」
「何!?……おい、一本ぐらい残して置けよ」
「悪い、ちょっと遅かった」
「何い!?」




三人だったのに
それは変わらない事実だから









おわり   もどる