上杉――ある試練
「おおこれは!よく参られたのう、上杉殿!」
明るい声で名を呼ばれて、ゆっくりと顔を上げる上杉景勝
その場に対座するは二人の人物
豊臣秀吉と石田三成
「…………」
「…………」
「…………」
「「「………………」」」
ここはわしがしゃべらんといかん!との使命感を覚えて口を開く天下人
「ええ〜と……げ、元気してた?」
「何言ってるんですか、秀吉様」
「三成……わしはの…少しでもこの空気を、との……
しかし今日は、何と言うか……そうか、兼続が居らんのじゃな、どうしたんじゃ?」
これは二人に聞く。
「さあ?」
あっさり首を振るのはその兼続の友人、三成
「……申し訳ありませんが……」
ゆっくり口を開く兼続の主、景勝
「うちの兼続しりませんか?」
「はい?」
「……はぐれまして」
「あ……ああそうじゃったんか、って、はぐれた??
いや、残念じゃがわしは知らんなあ」
「そうですか……」
その答えに俯く
俯いたまま、無表情
「す、すまんのう」
その様子になんとなく謝ってしまう秀吉
「このまま秀吉様のところで待っていれば良いんじゃないですか?」
「おお、三成のいう通りじゃ」
「しかし……」
「目立つ場所でじっとしておくのも一つの方法ですよ」
「目立つ場所って……み、三成ぃ」
「結構人が来ますし、色々聞く事も出来ましょう」
「人が……」
三成の言葉にちょっと考え
「……いえ……こちらで探します」
と、再び頭を下げ
落ち着いた声で礼を辞して、
ゆっくりと物音も立てずに部屋を出て行った。
「ほうほ〜う、ああ静かなのも重みがあって格好よいの
どうじゃ三成?」
「どう、とは?」
「わしも真似してみようかな〜と思うんじゃっが〜?」
「笑えますね、秀吉様」
(どうするかな……)
二人の前では普通にしていた景勝だが内心では少々混乱していた
はぐれた、といってもこの大阪城内でのこと
わざわざ人数を出すのも大げさかな、と思うし
しかし、そもそも『はぐれた』というのが彼の想像の範囲外だ
気が付いたら、いませんでした。
(なぜだ……)
かの幼馴染は時々……多分時々、行動が突発的だ
でも、子どもではないのだし、向こうも捜すだろうし
(本当にどうするかな……)
供の者たちが待つ城門へは戻らず、何とはなしに敷地内をうろついて
捜すわけではないが、声がしないかと耳を澄ます。
ここでは自分のことは知らない者は知らないし、知っている者もいるかもしれないが知ったことではない。
これは案外気楽時間ではあったが……
(……む!!)
とその眼差しが鋭さを増す
その視界に一つの手がかり
『義』の一文字 謎の文様――力強い筆の流
真っ白い護符が風に翻る
「兼続!!……まだ、遠くにはいってない……か」
「……言うことはそれだけか」
護符から声がする
正確には護符を顔に貼り付けた人物から
「まずは『うちのものが迷惑をお掛けしましたすみません』じゃろうが!!」
と護符越しに不機嫌な声
(これは……)
見たことあるな、と首をかしげ
「……ああ確か、小田原で秀吉様に……」
「やかましいわ!!!!」
ぷしー、と湯気を立てそうなほどの怒りの声
とはいえ、自分の記憶を掘り返してみて、とりあえず思い浮かぶのがそれだったのだ
(といったら更に怒りそうだな)
などと思いつつ眺める上杉景勝に、
頬を引き攣らせながら べりり と護符をはがす伊達政宗
「全く、家臣が家臣なら主も主だな」
「……兼続は意味もなくそんなことはせん」
「意味はあっても意図が問題じゃというとるんじゃ
というか人の顔にこんなもん貼り付けるな」
「背中にも付いているぞ」
「だからそういう問題じゃないといっとる!!」
結局怒ったようだ。
(何でだ?)
顔をしかめながら、とりあえず背中についてるのを
べり と剥がしてやる。
手に取った護符を眺めつつ、持ち主の事を思う
「どこにいる?」
「知るか」
「ならば、これを貼られたとき何と言っていた?」
「何でわしが答えねばならん……といいたいとこだが言っておこう
義がどうとか不義は許さんとかそんなに振ってて尻尾が痛くないか山犬とか、
好き勝手言ってくれたぞ、いつものように」
(いつものように……)
「ああ、そういえば誰かとはぐれたから捜さねばどうとか……
人にこんなもん貼り付けながら何を!と思ったが
……そうか、はぐれたのか」
政宗、ここで口を閉じると、
じっとその隻眼でこちらを見つめてくる
その顔から綺麗に表情を消して、今は景勝にもその内心が全く読めない。
「ふうん」
(なんだ……?)
むしろ景勝のほうが、じわじわりと苛立ちが滲み出して
「まあ、目に入ったとたんわしの所へまっすぐ突進してきたようじゃったからな」
「…………」
なんだか、腹が立つ
そこで景勝
ばっ、と大きく両の手を広げて立つ。
「何をやっとるんじゃ?」
「…………」
それは、さほどの時間を待たずやって来た。
だだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだ
ばっ
「景勝様っ!!」
脇目も振らず、胸に飛び込んでくる
ちょっとよろける上杉景勝と、特に疑問もなくしがみつく直江兼続
「何い!?」
「捜しましたぞ!!どこへ行っておったのです!!」
「……それはこっちが言いたいが……」
「では早速、三成と秀吉様に挨拶に伺わなければ!!」
「……それはもう終わったんだが……」
「なんと!!お一人で行かれたのですか!!では後でお礼の挨拶に行かねば!!」
「……お礼の……?」
「な……」
目の前の光景に言葉もない伊達政宗
「……そうであった」
その様子を背後に気配で感じつつ、兼続を抱えたままそちらを向いて
「『うちのものが迷惑をお掛けしましたすみません』」
ぶち と血管でも切れる音が聞こえたような気がした。
「政宗のやつは一体どうしたのです?」
「……さあな?」
後は見ず、今度は二人並んで歩き出す。
おわり もどる