よい夢を
ぼんやりと三成が眺める先で、ゆらり、ゆらりと体がゆれる
右に左に、だんだん大きく、右に左に、前に、後ろに
ゆらあ
「おっと」
声を上げながら背中に片手を添え、兼続が体を支える
「随分眠そうだな、大丈夫か?幸村」
「む……すいません〜兄上」
「兄?……完全に寝ぼけているようだな」
苦笑しながら空いた手で肩をたたくが、幸村の反応は鈍い
「ところで、三成
うらやましそうな顔をするぐらいならさっさと行動すればよかったのだ」
「うるさい」
ぶすり、とした顔で睨んでおいてから、手にもった杯を傾ける
咽を通る酒の薫りに、気をとりなおして、声をかける
「大丈夫か?幸村」
「はい……」
答えはあるが最早目は開いていない
「酔ったわけではなさそうだが」
「ん?ああ、幸村は結構寝るのが早いみたいだぞ、起きるのも早いがな」
答えるのは兼続、今度はだんだん前のめりになる幸村をじいっと眺め
「ふむ、三成、すまんが今晩はここに泊めてやってくれ」
ぶう
「ごほっごほごほごほ……」
「お前の部屋でかまわんし」
「な、なん」
「ん……わるい、ですよ……明日は……遠足で、すし……」
「な?幸村、もう帰るのは無理そうだぞ」
「し、しかしだな」
「それに一回並んで寝てみたかったのだ、3人で。川の字というやつだな!」
「…………なんだ…………」
「布団はべつに羽毛布団でもかまわんぞ!」
「普通の布団しかないわい!」
「相変わらず殺風景な部屋だな」
「これで十分なのだ、ほっとけ」
並んで布団が敷いてあるだけの、ほかに何もない部屋
すでに半ば眠っていた幸村もだが、兼続も布団に入ったかと思えばすぐに寝息が聞こえてくる
「なんだ、兼続も眠かったのか……全く」
こっちは大して眠くないので、とりあえず自分の布団の上に座る。
同じ部屋に感じる、幸村の気配
「まあ、いいか」
ふ とこぼれる笑み
そして……
ざわり
突如として多数の気配が生まれる
「もう一つ分ぐらい敷けないか?」
「う〜ん、そっち引っぱってくれ」
「あ、こら猫持ち込むなよ!」
「暖かいのに」
「な……な……お前ら、幸村の!!どこから!?」
思考停止もしばしの間
覚えのある姿も混じっており、
すぐにそれが幸村に付き従う『十勇士』と呼ばれる忍たちである
と気付いて声を上げる。
「おっと、我々は影の存在、お気になさらずとも結構です」
「こんだけ図体のでかい奴がごろごろしていて気にならんわけあるか!!」
「そうそう、厳正なるくじ引きの結果、貴方の寝場所は清海入道の向こう側になりましたのであしからず」
「はっはっ、いびきが煩いかも知れませんがの、ご堪忍めされい」
「ひ〜〜!?参加した覚えもないのに厳正もくそもあるかあ!!」
抗議もむなしく部屋の隅に押しよられる三成
三成からは真反対、幸村のとなりでちょっとした騒ぎがおこる
「なあ佐助、ちょっと代わって……」
「断る」
「鎌之助……」
「いや」
「死闘……もとい血のくじ引きの結果を忘れたか」
「というか、あぶないんだよね才蔵だと」
「全くだ」
「なっ、別に寝顔を眺めるだけで……」
「駄目!!!」
と、注意が乱れた一瞬
「幸村様の隣とった〜」
またも、どこからか艶やかな衣装の人影が
「「「あ!!」」」
「ずるいぞ!くのいち!」
「こ、こら!さすがにいかんだろう」
聞こえてきた声に、三成あわてるが
「いかん?なぜだ?」
「いや、そりゃ、女性だし……」
「うん?女性ではなくて、くのいちだぞ」
ごきゃ
「にゃは〜佐助ってば、失礼だ〜」
「あ、あわわわわ」
「さ、佐助が、あの佐助が……」
「見事な一撃だったな」
「もう文句もないみたいだし、このままおやすみ〜」
こてん、と、くのいち、幸村の隣に横になる
反対側の隣には物言わぬ忍
「ちっ、仕方ない、さらに詰めるぞ」
「ええ〜」
「すいませんの」
さらに押しやられる三成
「俺の部屋だぞ!!!」
「まてい、真田の忍らよ!」
さらに声がかかる
「ん?」
「兼続様が、左右どちらにも十分に寝返りを打てる程度にはあけてもらおうか」
と、どこからともなく男が現れる
「今度は兼続のか?」
頭を抱える三成
「う〜ん、しかしだなあ」
「寝返りぐらいできなくたって、別に死にゃせんだろ」
「なんと、浅はかな……」
とその年配らしき忍は兼続の隣に膝をついて
「おお……兼続様、こんなに苦しそうに……
おかげで刻一刻と『無双げーじ』が溜まっているのに気付かれぬとは!!」
「『無双げーじ』?」
ぴかん となったら
どかどかどかどか
「し、仕方ないな、こっちの戸を外すか」
がたがた
「む、それならばわれらも入れそうですな」
がたがた
「われらって、他にもいるのか!?
というか、何度も言うがここは俺の屋敷だ!!」
勝手に隣の部屋の仕切り戸を外し始めた双方の忍に、わめく三成
「良いではありませんか、空いてるのですし」
「空いてるのにつかわねえのは、造ってくれた大工さんにも悪いぞ」
「そ〜です、大変だったんですから」
口々に反論
「何だそれは……ん?不可思議な返事が混じってたな」
「お気になさらず」
「せっかく立派なお屋敷なのに、もっと使わねばもったいないぞ」
「そうそう、おかげで入り易いですが」
「だからって忍び込むな!!」
「『侵入り易さ番付』だと関脇ぐらいですかな」
「大関ねらえそうだよね〜」
「だから、忍び込んどいて喧しいといっとるんだ!!」
最もな三成をよそに、わいわいお屋敷談義が繰り広げられる
「くっ、うっかり素直に聞いてしまった……」
はっと気付く三成
「警備の参考に……じゃなかった、
止めるといっても……幸村か兼続の話でないと聞きそうにないな」
と2人に目を向ける
人に遮られてよくは見えないが、どうも全く起きそうにない
「すぅすぅ」
「むにゃ……義と愛が大きくなっていくぞ……」
「……はあ……」
じんわり、と明るさを増す空は、まだなお藍色をおびたまま
どこからか遠く鳥のさえずりが聞こえてくるが、いまだ静寂を壊すには至らず
そんな頃
ぐおーぐおー
すうすう
ぐ……………
「こいつら、護衛じゃなかったか?」
本当にいびきが煩いし
とても寝ることは出来ず、三成は結局外を眺めながら朝までの時間を過ごした。
「はあ、この様を見て襲撃しようという輩もおらんかな……全く……」
「ん……あれ、三成殿?」
ぎゅ、と軽く畳が擦れる音がして、振り返れば幸村がゆっくりと歩いてくるところだった
「あ……もしかして、昨夜あのまま眠ってしまいましたか?」
そういって隣に座りながら、その顔が かあ と染まる
「すみません……」
「まあ、確かに大した騒ぎだったが……」
と、幸村の肩越しに部屋を眺めれば
「!!!?」
居なかった
何も
真田忍も上杉の忍も布団も取り外されていた戸も何もかも痕跡すらも
兼続の眠る布団だけ、呼吸に合わせて規則正しく上下していた。
「な……こ、これは一体」
「どうしました三成殿?」
きょとんとした幸村は、本気で何も気付いていないようだった
「狸か狐か……いや、まさかな」
と頭を振り
「幸村、随分と早起きだな」
「あ、はあ、戦でもない限り大体いつも同じ時間に目が覚めるようで……寝るときもそうなので……その、迷惑をおかけしました」
「いや、かまわない。よく寝ていたな、寝癖がついてるぞ」
「え!?」
『いつも同じ時間』
まさか、あの連中
毎回あの騒ぎをやらかしてるんじゃ―――
「ぷっ」
く……くくっ
つきあうこっちは大変、だったのが、どうしてだか
可笑しい
何故か笑いが込み上げる
「三成殿!?」
笑われたと思ったのか、髪を手ぐしで直しながら幸村はまた赤い顔
「ふふっ、いや、違う―――俺はまだ眠いらしい」
眠くて、どうもおかしいらしい
「これから寝るぞ。幸村はもう起きておくのか?」
「え?これからって……」
「これからだ」
いって、そのまま すとん と体を倒すと隣の膝の上に頭が乗る。
ん?今、俺……
何かに気付いたのだが
考えが形になる前に、引き摺られるように眠りの淵へ
あわてた様に名前を呼ぶ幸村の声を聞きながら―――
よい夢を
おわり もどる
またも妄想版十勇士、やっぱり誰が誰かあまり気にしないほうが良いです……